達人の館

   本物の芸をじっくりと味う、大人のためのコンサートを企画します

11日に行われた「ホキ徳田の部屋」は残念ながら集客が上手くいかず、
ホキさんやお集まりいただいたお客様に寂しい思いをさせてしまいました。
若くしてアメリカに渡ってしまったホキさんのことを知っているのは、
75歳以上の方に限られること。
また、京都の人たちは初物に冷たい傾向があること。
この二つから、かなりの苦戦を覚悟していたのですが、
結果は想像以上に厳しいものでした。

しかもB型インフルエンザの流行、
冬季オリンピック開催などが重なったことも影響したようです。
でも、ホキさんは客席に向かうなり「私って人気ないのね」と
明るく、飄々と語りかけ、一瞬にしてお客様をひきつけてしまいました。

進行と弾き語りを披露してくれた古賀久士さんは、
ホキさんのお孫さんのような存在ながら、
ピアノと歌の実力は卓越したものを持っていて、
カウンター・テナーのような歌唱は迫力満点でした。
ホキさんがトークで笑わせた後、
電子ピアノの前に立って弾き語りを始めると、空気が一変します。
アドリブ風の早弾きと自在な歌唱。
そして、その声の若々しく、艶やかなこと。
84歳にしてどうして、ああも指が動くのか、全くミスタッチがないんです。

私はトークの時と演奏の時のギャップに感動してしまいました。
名人芸というものを目の当たりにしたように思いました。
演奏が終わるとホキさんと古賀さんはロビーに出て
ヘンリー・ミラーが描いたという絵葉書をプレゼントし、
そこにサインをすることをしてくれました。
皆さんお二人の演奏には満足してくださったようです。
お客さまの数ではなく、その満足感が伝わってくるのが何よりでした。

ホキさん!客席をいっぱいに出来なくてすみませんでした。
このリベンジはぜひ実現したいです。
あなたこそは「達人の館」に相応しいジャズの弾き語り名人だからです。
また、ホキ徳田さんをご紹介いただいた
インターナショナル・カルチャーの松野正義社長にも
またご相談したいと思っています。

(一般社団法人 達人の館  代表 橘市郎)

2月4日に行われたヴェルディのライヴは
チェロの櫃本瑠音さんと
ピアノの坂口航大さんのジョイント・ライヴでした。
初めてのチェロと会場との相性は思った以上にぴったりでした。
天井の高さと会場の広さが
美しい音色をかもし出していたように思います。

もちろん櫃本さんの腕も素晴らしく、
全身を使って演奏する気合の入った姿に引き付けられました。
坂口さんのピアノは、今までの伴奏者としての控えめな演奏と違って迫力満点。
一緒に演奏する曲もお互いが真剣勝負しているような
張り詰めたものがありました。

今回はプログラムが全て重厚なクラシックでしたが、
次回は軽いものも入れ込んでいただくといいかもしれませんね。



2月11日(日)には蹴上にある京都市国際交流会館
「ホキ徳田の部屋」というコンサートを開催します。
ホキ徳田さんはペギー葉山さんや
ナンシー梅木さんと同世代のジャズ歌手ですが、
文豪ヘンリーミラーの人目の妻としても知られています。

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アメリカでの生活が長いので
60
歳以下の方には馴染みがないかもしれません。
でも、私より先輩とはいえ、声も気持ちも若々しい素敵な方です。
ホキさんは現在、東京六本木芋洗坂にある
ご自身の店「北回帰線」でピアノ弾き語りをされていますが、
リラックスしてお客様を楽しませるエンターティナーぶりはさすがです。

進行・弾き語りの古賀久士さんとの世代を超えたトークも楽しみです。
懐かしいジャズのスタダード・ナンバーを聴きながら、
ゆったりとした時間をお過ごしください。


「ホキ徳田の部屋」

昼の部13:0012:30開場)
夜の部17:0016:30開場)  
京都市国際交流会館 イベントホール
一般 4500(全席指定)


お問い合わせ インターナショナル・カルチャー
TEL:03-3402-2171
(一般社団法人 達人の舘   代表 橘市郎)

27日と28日は京都造形芸術大学 藝術学舎の講師を務めてきました。
「オペラと歌舞伎」と言うテーマで延べ640分の授業をしたのですが、
そのうち160分は歌舞伎とオペラの両方が上演できる
春秋座での授業でしたので意外に疲れませんでした。
ただ教室での授業で、映像と書画カメラの切り替えがうまく行かず、
当初考えていた授業の進め方を急遽変えなくてはならなくなり、
受講生の方たちには大変ご迷惑をかけてしまいました。

大阪での授業の際には何の問題がなかったのに、
最新の機器は複雑で私のような年代のものには対応しきれないと
大いに落ち込んでしまいました。
でも、事務局の方の協力で、
2日目はまあまあスムーズに進行が出来ました。
授業が終了して「大阪では何のトラブルもなく出来たのですが、
機器が新しくなると対応しきれず往生しました」というと、
「いや、こちらの機器の方が古いものですから
複雑で申し訳ありません」とのこと。
機械音痴は何処まで行っても恥をかくものですね。

それにしても、黙って聴講してくれた40名の受講生の方々には
心から感謝したいと思います。
30
代から80代という大人の方々の優しさを感じました。

また、春秋座での授業の際には劇場のスタッフが、
本当に親切に対応してくれました。
セリや盆(回り舞台)の体験の時には安全対策も万全。
普段なかなか入れないところにも案内してくれましたし、
当初考えていなかった宙乗りの鳥屋の見学や、
ピンスポットの実演まで見せてくれたのです。
現役時代に一緒に仕事をした仲間として、
黙っていてもいろいろと協力してくれた優しさに胸が熱くなりました。

*

さて、24(日)のヴェルディ・サロン・ライヴは
待望のチェロの独奏が聴けます。
御馴染みの坂口航大さんからご紹介いただいた
名手・櫃本瑠音さんの初登場です。
彼女は佐渡裕、シエナウインドオーケストラとも共演した実力者ですが、
ヴェルディの空間でチェロの音色がどう響くのか楽しみです。
坂口さんとのコンビネーションも聴き逃せません。
ご来場をお待ちしています。

(達人の舘  代表 橘市郎)

1月22日、23日は元宝塚の上原まりさん
広報のため京都に来てくれました。
所属する事務所の社長である松野正義さんと一緒に、
京都新聞(22日)、KBS京都(23日)と回りましたが、
新聞の取材記事は多分月に入ってからになると思われますので、
今日はテレビ出演の際に盛り上がったことをご報告したいと思います。

上原さんに出演してもらった番組は
マッハ文朱さんがメイン・キャスターを勤める
おやかまっさん」でした。
分間筑前琵琶で「平家物語」の聴き所を生演奏した後、
インタビューを6分間程受けるというものでした。
着物を着て、琵琶持参の出演はかなりハードでしたが、
まりさんは快く引き受けてくれたのです。

楽屋に着くとリハーサル中にも拘らずマッハさんが挨拶に見えました。
お嬢さんが宝塚に在籍していることから
大先輩に当たるまりさんに敬意を示してくれたのでしょう。
お互いに挨拶を交わした時、
マッハさんが社長の松野さんを見て「あっ!」と声を上げました。
松野さんは80歳を超えた私の先輩ですが、
かつて赤坂にあったクリスタル・ルームや
コルドン・ブルーでショーを企画していました。
その時マッハさんもヶ月出演していたと言うことでした。
もう30年も前のことをマッハさんはちゃんと覚えていたのです。
松野さんも勿論覚えていたのでしょうが、
あえて事前には伝えていなかったようです。

私もマッハさんが日劇に出演した時のことは覚えていますが、
別のプロデューサーの担当だったので敢えて伝えていませんでした。
でも、急に昔話になって「そうだったんですか!」と盛り上がりました。
まりさんも、「マッハさんが芸能界デビューした時から、
宝塚の男役にぴったりと思っていました」
などと言ったものですから、雰囲気はいっぺんに友好ムード。
本番がうまくいったのもこういう前段のお陰もあったと思います。
芸能界のこういう繋がりも悪くないですね。

今回、番組出演の機会を与えてくださった
KBS京都のみなさまに感謝したいと思います。



今週の27日(土)、28日(日)は
京都造形芸術大学 通信教育部の授業が控えています。
ほぼ丸1日がつぶれるハードな集中授業ですが
「オペラと歌舞伎」をテーマに、春秋座の見学もある、
楽しい授業をしたいと考えています。

大阪芸術学舎では違うテーマで何回かやってきましたが、
京都でやるのは初めてです。
定員いっぱいの40名の方が参加してくださるので
頑張らねばと気合を入れています。
またブログで報告させていただきたいと思っています。

(一般社団法人 達人の館  代表 橘市郎)

1月14日に行われたレ・フレールと
京フィルのジョイント・コンサートは超満員の盛況でした。
1部の合同演奏では、指揮者の井村誠貴さんが
レ・フレールの感性を理解してくれて、
若い京フィルのメンバーを上手くリードしてくれたと思います。
想像していた以上に双方がいい刺激を受け、成果を挙げてくれました。

2部はレ・フレール単独のステージで、
のびのびとエネルギシュな演奏を聴かせてくれました。
お二人のオリジナルを中心にしたプログラムは、
途中に静かでメロデイックな曲がはさまれ、
後半のブギウギの迫力がいつも以上に激しく感じられました。

鳴り止まない拍手にアンコールが続き、
予定の終演時刻が大幅に遅れたため、
帰りの新幹線を乗車変更せざるを得ませんでした。
盛り上げてくださったお客様、本当にありがとうございました。



1月17日は阪神・淡路大震災の日でしたが、
実はわれわれ夫婦の結婚記念日でもあります。
震災後は静かな結婚記念日にしておりますが、
実はこの日はもうひとつ因縁がございます。
私たちは昭和40年1月17日に結婚式を上げ、
新婚旅行は熱海から伊豆~沼津と回りました。
熱海に着き夕食後、熱海の海岸を散歩しておりますと
有名なお宮の松がありました。
側に、尾崎紅葉の小説「金色夜叉」の
貫一とお宮にちなんだ記念碑があるので読んだところ、
新婚の二人は唖然としました。

こともあろうに、貫一とお宮は、まさにこの日、
1月17日に、ここで別れたと記されていたのです。
さすがにその偶然性にはびっくりしました。
不吉な予感がしたのも事実です。
でもお陰様で、その後52年間、まあ仲良くやっています。
カレンダーに関する不思議な偶然はまだ沢山ありますが、
今日はここまでにしておきます。

(一般社団法人 達人の舘  代表 橘市郎)

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