一瞬の静寂

音楽・演劇プロデューサー・橘市郎のブログ。日々思ったことを綴っています。 東宝(株)と契約し、1973年にプロデユーサーに。1981年独立後は、企画制作会社アンクルの代表をつとめ、中野サンプラザからの委嘱で「ロック・ミュージカルハムレット」「原宿物語」「イダマンテ」を、会社解散後は「ファンタステイックス」「ブルーストッキング レデイース」などのミュージカルを制作。 2001年京都芸術劇場の初代企画運営室長。

このブログが更新される頃には、7月1日生れの私は80歳になっています。今までは年齢をあまり気にしていませんでしたが流石に我ながら年をとったものだと自覚しています。80歳は明らかに老人ですものね。

私は1939年3月に有楽町にあった日本劇場の舞台監督助手として就職いたしました。初仕事は引き割りカーテンが垂直に閉まっていくように先導する仕事でしたが、カーテンが閉まった途端にダンサーたちの香水の匂いに眩暈がしたものです。

ちょうど「ザ・ピーナッツ」のショーで私は華やかな舞台を下手の袖から見ていました。中でも私のお気に入りは「ジューン・ブライド」という曲で、それには「カトレア・シスターズ」という日劇専属の女性バック・コーラスが付いて下手の袖近くで歌っていました。うぶな私はそのうちの一人にすっかり魅せられてしまったのです。3月に就職して6月にはプロポーズしてしまったことになります。

相手の女性も睡眠不足で目を赤くしている私に目薬をくれたりしていたので、相思相愛と早合点していたのかも知れません。「善は急げ」ではありませんが、早速、担当課長に婚約を報告した途端「もう、うちの商品に手をつけたのか!」とそれは厳しいお叱りを受けました。もちろん清廉潔白なのですがそう思われても仕方が無いほどの幼稚さだったのです。

とにかく私たちは翌年の1月にささやかながら赤坂の健保会館で結婚式を挙げました。それから55年、我々夫婦はお陰様で55年一緒に生活してきました。いいこと悪いこと色々な事がありましたが、3人の娘に恵まれ今は幸せです。

先日「ザ・ピーナッツ」の特集番組がオン・エアーされていましたが、我々が結婚した経緯を聞いて直ぐにサインの入った「ジューン・ブライド」のレコードをプレゼントしてくれたことを思い出しました。この45回転のドーナッツ盤は今でも我が家の宝物となっています。宮川泰作曲、岩谷時子作詞の隠れた名曲が私に結婚を即断させてくれたと思っています。

ありがとう!「ジューン・ブライド」

(音楽・演劇プロデューサー    橘市郎)

父親が遺してくれたまま本棚にあった文庫本を自粛生活中に完読しました。
これも新型コロナ騒ぎがもたらしてくれた恩恵です。結構体力が要りましたが、作家が足かけ18年かかって完成させたことを考えたら罰が当たりそうですね。

競走馬にもステイヤーがいたり、スプリンターがいますが山岡荘八は正しく名ステイヤーです。徳川家康が当時としては長生きをして15代に亘る徳川時代の基礎を築いた功績は凄いと思いました。家康も人間ですから私欲や功名心が無かったわけではありません。しかし最後には泰平を願いこの世を去っていく様が丁寧に描かれていました。織田信長、豊臣秀吉をはじめとする登場人物は多岐に亘り、細かいエピソードが次々と紹介されていく博識には敬服するしかありませんでした。

学生時代から多数の文藝作家やその作品に接したきましたが山岡荘八のような作家を、単に大衆作家として扱うとしたら不公平のような気がします。
最も世の中の風潮として何が基準で評価がなされていくかが判然としないのは単に文藝作家だけではないようですね。世の中にはそれなりの評価をすべき人や作品が数多くあります。「素晴らしいものを素直に評価する心」を持ち続けたいものです。
(音楽・演劇プロデューサー    橘市郎)

服部克久さんが亡くなったというニュースはちょうどお父様の作品集のCDを聴き終わった数日後入ってきました。寂しいです。

克久さんは、明治座で松平健さん主演の「唄の絵草紙」を私が演出した時、音楽監督を担当してくれました。オペラ好きな私は、事もあろうに「歌麿をめぐる5人の女」の景ではプッチーニのアリアを使って場面を構成する台本を書きました。これはある意味、克久さんだからこそうまく行くと思ったのです。

案の定、克久さんは松平健さんの個性を生かしながら見事優雅なアレンジをしてくれました。「タイースの瞑想曲」を使った舞踊シーンや天草四郎に扮した松平健さんが歌う「SAME WERE」の編曲も流石でした。多分面倒な仕事をお願いしたとは思いますが、決して温厚な表情を崩す事無く、楽しそうに録音に立ち会う克久さんが頼もしく思えたものです。

克久さん、どうぞゆっくりお休み下さい。
あなたの功績と温厚な笑顔は息子さん、娘さんに間違いなく引き継がれていますから。

(音楽・演劇プロデューサー   橘市郎)

67日の「安田記念」の大本命アーモンドアイが着に敗れました。

ほとんどの人が楽勝を信じていましたが、私は「競馬に絶対はない」と思っていました。過去の名馬たちが乗り越えられなかった壁をアーモンドアイも乗り越えられなかったという事でしょう。
週間しか間のあかない出走、もともとスタートの良くない馬の内枠、圧倒的な人気のプレッシャー。ルメール騎手も大変だったと思います。でも最後の足はさすがでしたね。しっかり休養してまた秋には再び雄姿を見せて欲しいものです。


大分前に購入したものの、なかなか聴く時間がなかった「島津亜矢の世界」というCDの全集を聴きました。これもコロナ騒ぎのお陰かもしれません。彼女の歌唱力は随分前から注目していたのですが、「イヨマンテの夜」、「ヨイトマケの唄」、「喝采」、「昴」、「I WILL ALWAYS LOVE YOU」などの曲が入った第6集は特に興味がありました。あの声でどんな歌を聴かせてくれるのか?
結果は期待に違わず迫力満点、声が素晴らしいのは言うまでもないのですが、日本語の美しさや感情表現の細やかさは想像以上に感動させられました。決して声量があるだけの歌唱ではなく歌に説得力があるのです。彼女が長年チャレンジしてきた浪曲物や民謡物、そして芝居物が結実した感じです。歌のうまい歌手、声のいい歌手は今までも色々といましたが総合的にこれだけのスケールを持っている人はいなかったように思います。

オペラ好きの私がこれほど演歌歌手に感心したのも珍しいので、同好の方々の感想もぜひ訊いてみたいものです。

ところで、私の妻は熱烈なカラオケ愛好家ですが島津亜矢をどう思っているのでしょうか?「立派な声ね。でも何んでも声張り上げて唄うのがワンパターンみたい」なるほど世の中様々。複雑そのものです。
(音楽・演劇プロデューサー   橘市郎)

今年のダービーは無観客で行われましたが、あのディープインパクトが帰ってきたようなレースでしたね。胸が熱くなりました。競馬はブラッドスポーツと言われる事がありますが全くその通りだと思います。ジョッキーの福永騎手も父親以上の騎乗振りを見せてくれ、これも血という物を感じさせてくれました。無観客であっても、あれだけ感動させてもらったのは幸せでした。

今度、コントレイルが競馬場に登場する時は、ぜひ満員の観客に迎えられることを祈りたいものです。

それにしても私たちに夢を与えてくれる競馬というスポーツには連続したドラマがあり素晴らしいですね。私もまた競馬場に1観客として行けるのを楽しみにしていたいと思います。

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先日、BSテレビでチャプリンの「ライムライト」を観ました。
以前にも観た様な記憶がありますが、今回はチャプリンが表現したかったことをより理解出来たような気がします。一お笑い芸人として、意地を貫き通そうとした男の生き様が見事に描かれていました。

精神的な欠陥からバレエが踊れなくなったダンサーを励まして再起させる年老いた芸人。その優しさに引かれて老人と結婚したいと思うようになるダンサー。そうした中でも道化役としての人生を全うしようとして、舞台上で怪我をして亡くなっていく老人。チャプリンの人生観が伝わってくるような幕切れに思わず涙しました。

人間の一生は富や名声を求めるのではなく、如何に自分自身のアイデンティティに忠実に生きるかなのだと言う事を教えられた気がします。

(音楽・演劇プロデューサー   橘市郎)

 

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