達人の館

   本物の芸をじっくりと味う、大人のためのコンサートを企画・主催しています。

1月14日に行われたレ・フレールと
京フィルのジョイント・コンサートは超満員の盛況でした。
1部の合同演奏では、指揮者の井村誠貴さんが
レ・フレールの感性を理解してくれて、
若い京フィルのメンバーを上手くリードしてくれたと思います。
想像していた以上に双方がいい刺激を受け、成果を挙げてくれました。

2部はレ・フレール単独のステージで、
のびのびとエネルギシュな演奏を聴かせてくれました。
お二人のオリジナルを中心にしたプログラムは、
途中に静かでメロデイックな曲がはさまれ、
後半のブギウギの迫力がいつも以上に激しく感じられました。

鳴り止まない拍手にアンコールが続き、
予定の終演時刻が大幅に遅れたため、
帰りの新幹線を乗車変更せざるを得ませんでした。
盛り上げてくださったお客様、本当にありがとうございました。



1月17日は阪神・淡路大震災の日でしたが、
実はわれわれ夫婦の結婚記念日でもあります。
震災後は静かな結婚記念日にしておりますが、
実はこの日はもうひとつ因縁がございます。
私たちは昭和40年1月17日に結婚式を上げ、
新婚旅行は熱海から伊豆~沼津と回りました。
熱海に着き夕食後、熱海の海岸を散歩しておりますと
有名なお宮の松がありました。
側に、尾崎紅葉の小説「金色夜叉」の
貫一とお宮にちなんだ記念碑があるので読んだところ、
新婚の二人は唖然としました。

こともあろうに、貫一とお宮は、まさにこの日、
1月17日に、ここで別れたと記されていたのです。
さすがにその偶然性にはびっくりしました。
不吉な予感がしたのも事実です。
でもお陰様で、その後52年間、まあ仲良くやっています。
カレンダーに関する不思議な偶然はまだ沢山ありますが、
今日はここまでにしておきます。

(一般社団法人 達人の舘  代表 橘市郎)

週間が早いですね。
年が明けてブログを更新したと思ったらもう週末です。
14
日に長岡京でレ・フレールと京フィルの
ジョイント・コンサートがありますが、
お陰様でチケットが完売しました。
今回は達人の舘が主催ではなく、
企画制作なので興行リスクは負っていませんが、
企画を買っていただいた会館にとっても、
出演していただくアーチストにとっても、
客席が満員になるのと空席があるのとでは全く気分が違います。
全ての関係者にとって充実感を与えてくださった
お客様に感謝したいと思います。
後は当日の演奏で、
お客様がどれだけ満足していただけるかということですね。
私自身もとても楽しみにしております。



さて、10日はロームシアターで開催された
和太鼓集団「TAO」の演奏会に行って来ました。
日頃お世話になっている高見株式会社の高見社長からご案内をいただき、
老夫婦で行ったのですが、圧倒されっぱなしの時間30分でした。
太鼓以外にもいろいろと趣向を凝らし、
質の高いエンターテインメントに仕上げられていたと思います。
彼らのストイックな鍛錬は半端ではないようです。
歴史の長い和太鼓集団「鼓童」にとっては強敵が現れたものですね。
もちろん鼓童には鼓童の色合いがあり、
日本の土の香りを感じさせて、私も大好きなのですが、
TAO
のスケールの大きさは認めざるを得ません。
これからはつの和太鼓集団がお互いに刺激し合って、
独特な個性を発揮して行ったらいいと思います。



11日に開催される「ホキ徳田の部屋」と
16日に開催される「上原まり筑前琵琶で平家物語を語る」の
公演のカラー広告が1月11日付け京都新聞の朝刊に載りました。
面での広告ですが大変良く出来た広告になっています。
京都新聞広告部でデザインしていただいたものですが、
さすがに上手いと感心しています。
ぜひご覧になってください。
そして本番当日いらしていただけましたら幸甚です。
公演とも達人の舘でチケットを扱っていますので、

TEL 075874-5931
FAX 075874-5932(FAX
にお申しいただきましたらチケットを郵送いたします。

(達人の舘 代表 橘市郎)

新年明けましておめでとうございます。
今年も現役を続けますので
どうぞご支援のほどよろしくお願い致します。

さて、少し古くなりますが、
昨年の有馬記念は北島三郎さんの持ち馬
キタサンブラックが引退を飾るレースで見事優勝を果たしました。
まだまだ元気に活躍できる馬を引退させるのは、
もったいない気もしますが、
これこそ北島さんの馬主としてのポリシーで、
ここまで頑張ってくれた愛馬への優しさが感じられます。

功なり名を遂げた馬を無事に引退させてやりたいという気持ちは、
単に賞金を稼いでくれた競争馬としてではなく、
わが子に対する親心のようなものです。
キタサンブラックはいい馬主に恵まれて幸せものでした。

北島三郎さんは日劇に昭和41年、42年、43年と3回出演されていますが、
1回目の昭和41年2月のショーは私が舞台監督を務めていました。
北島さんは当時、中野区の野方に住んでいらっしゃいました。
ご自宅で打ち合わせをした時、部屋に馬の写真が飾られていました。
北島さんはすでにこの時から馬主だったのです。
その馬の名前はリュウという名の馬でした。
北島さんは「龍」のつもりだったかも知れませんが、
オペラ好きな私には「トゥーランドット」に出てくる
やさしい女性リュウを連想させたので、
この馬の名前が記憶に残っています。

その北島さんのショーで私は、とんでもない事件に巻き込まれました。
北島さんがエプロンステージで「間一格剣友会」と立ち回りをしている時、
北島さんの刀の刃の部分が突然抜けてしまったのです。
柄だけでは立ち回りにもなりません。
客席は爆笑の渦。
喜劇のギャグとしては最高ですが、
シリアスな場面だっただけに芝居はぶち壊しです。

操作盤の脇でモニター・テレビを見ていた私は
どうしようもなく成り行きを見守っていました。
数秒後、剣友会の5~6人が血相を変えバタバタと引っ込んでくるや
「舞監(舞台監督)はいるか?」と怒鳴りました。
そして、私を見るや「良くも座長に恥をかかせたな!」と
私に殴りかかろうとしました。
それを間に入って止めてくれたのが、出番待ちをしていた
てんぷくトリオのリーダー三波伸介さんでした。
彼は体も大きく偉丈夫な人でした。
「舞台監督に当たったってしょうがない!」と私を庇ってくれたのです。

私もすぐに北島さんの楽屋に行き謝りました。
「刀のメクイが抜けたようです。申し訳ありませんでした。
小道具係の確認が甘かったとはいえ、舞台監督の責任です。
このようなことが2度と起こらないよう
徹底いたしますのでどうかお許しください」。
すると北島さんは
「珍しいことがあるもんだね。気にしない。気にしない」
と言ってくれたのです。
26
歳の新人舞台監督の苦い思い出ですが、
北島三郎さんの大らかさは今も忘れられません。
今から51年前のことですが、現在の北島さんを連想させる出来事でした。

(一般社団法人 達人の舘   代表 橘市郎)

今週末から28日まで東京に参ります。
有馬記念、恒例の忘年会、お墓参り、家族会、
NHK
の取材などぎっしりのスケジュールです。

帰って来てからというと正しく年末なので、
今年のブログは今回を最終回とさせていただきます。
今年は13年間お世話になった京都造形芸術大学退任に伴い、
独立、引越しという節目の年になりました。
年齢的にも月で77歳となり、好むと好まざるとに関わりなく
改めて自分の年を自覚させられました。
80歳まで年しかないという感覚は、
正直言ってかなりショックです。

「一生現役」と謳いながら痛々しく思われていないかなど
弱気になったこともありました。
でも幸い健康を維持しているので公約どおり
来年も頑張りたいと思っています。
どうぞよろしくお願い致します。

そんな訳で今年は、余り実績が上げられなかった様に思います。
でも、いくつか思い出に残る出来事がありました。
3月に東京で行った「ショービジネスの殿堂ー日劇」という
トークショーでは、久しぶりに
真島茂樹さんと話が出来て楽しかったです。
4月には日本中央競馬会の機関紙「優駿」に
エッセイを書かせていただきました。
6月にはソプラノの川越塔子さんに京都で
2回目になるオペラリ・サイタルをやっていただきました。
9月には春秋座オペラの公演プロデューサーを努めさせていただき、
モーツァルトの「魔笛」を上演いたしました。
10月には「美しい日本語で気持ちを伝える」という講座を
京都と東京でやらせていただきました。
年間を通じては「ヴェルディ・サロン・ライヴ」を企画制作、
数多くの才能あるアーチストと出会うことが出来ました。

来年は、すでに1月、2月、3月と連続してコンサートが入っています。
1月には「歌舞伎とオペラ」という、通信学部の講座があり、
秋には春秋座オペラ「蝶々夫人」の公演プロデューサーも担当いたします。
ヴェルディ・サロン・ライヴも益々素晴らしいアーチストが登場してくれます。
出来ることは何でも挑戦したいと思っておりますので、
来年もどうぞお引き立てのほどをよろしくお願い致します。

皆様どうぞ良いお年をお迎えください!

(一般社団法人 達人の舘 代表 橘市郎)

12日(土)と10日(日)は連日大阪でした。
日はもと四季の沢木順さんからのお誘いで
心斎橋の大丸14階にあるホールに行って来ました。

「ハートフル・クリスマス・コンサート」という
ショー形式の楽しい催物でした。
何でも同時期に年連続でやっているとのこと。
地元の歌手、ダンサーに
達者な子供たちが大勢出て盛り上げていました。
中でも圧倒的な存在感を示していたのが
今年83歳になられた宝田明さんです。
もちろん往年のつややかな声とは行きませんが、
味わい深い説得力のある歌唱はさすがでした。

実は、私も沢木さんも45年も前に宝田明さん主演の
「ファンタスティックス」というミュージカルに参加して
北海道などの巡業を共にしていたのです。
私は当時演出補でしたが、それ以来演出家として、
プロデューサーとして長いお付き合いが続いています。

沢木さんが尊敬する大先輩を立てながら
ショーを盛り上げている姿はとても美しいものでした。
10日の日は、イタリア文化会館―大阪が主催する
シチリアを特集した催しに参加して来ました。
グランフロント大阪内のナレッジシアターで行われた
シチリアの歌コンサートでした。
まあ、大阪の活気というか煩雑さの凄まじいこと、
東京の比ではないと思いました。

実はこのコンサートで魅力的な歌を聴かせてくれたのが、
昨年の12月、春秋座オペラでカルメンを演じてくれた藤井泰子さんでした。
美貌に磨きをかけた藤井さんが歌うシチリアの歌は
哀愁に満ちた心打つものでした。
中にはフェルッチョ・タリアヴィーニの名唱で知られる
「アムーリ・アムーリ」も入っていました。
オペラ「カヴァレリア・ルスチカーナ」の舞台になった
シチリアの風土が伝わってくるようなコンサートでした。

来年11月の
春秋座オペラ
イタリア文化会館—大阪との共催を模索しています。
やはりイタリア・オペラを上演する際には、
年間を通じてイタリア文化の普及に努めている
文化会館の業績を高く評価しなければいけないと思っているからです。
実現するといいですね!

(達人の舘 代表 橘市郎)

↑このページのトップヘ