版画家の井堂雅夫さんが23日に逝去されました。
昨年、京都文化博物館で展覧会を開催された時、坊主頭にされていたので
「いよいよ悟りの世界に入られたのですね」などと冗談を言ったのですが、
それが病気のせいなどとは少しも思いませでした。

井堂さんは25年ほど前から仏教をテーマにした絵も描いていたので、
深い瞑想にふける姿を連想して、そう言ったのです。
奥様のきよのさんも何もおっしゃらなかったのですが、
今考えると随分無神経な男だと思われたことでしょう。
作曲家の尾上和彦さんから訃報を聞いた時、
「えっ!」と私は絶句していました。
あの時何ということを言ってしまったのだろうと後悔するとともに、
信じられない、信じられないと繰り返していました。

井堂さんには本当にお世話になりました。
30年も前に井堂さんが東京で江戸小袖のファッションショーを開いた際、
演出を依頼されたのがお付き合いの始まりでした。
資生堂のキュージンヌというレストランで、
外国人のモデルさんだけを使ってのものでしたが、
色使いが斬新で、少しも違和感がなかったのが印象的でした。
弾として狸穴のラフォーレでやった時には
フラメンコなどの踊りも取り入れ注目されました。

それ以来、いろいろと声をかけていただき
京都での若柳吟さんの舞踊会や、
妙心寺で行われたハープを使っての
朗読会の演出も井堂さんのご紹介でした。
岩手県盛岡のデパートで行われた
「光と音と香りによる井堂雅夫の世界」の
演出も忘れられることが出来ません。
そして、代目猿之助さんから、
京都造形芸術大学内に出来る「春秋座」
に来てくれないかとお誘いを受けた時、
真っ先に相談したのが井堂さんでした。
「新しい大学で、とにかく元気があるので面白いと思いますよ」
と言ってくれたのが決心の決定打でした。

車で案内して京都の魅力を教えてくれたのも、
KBS京都「極上の京都」の出演を薦めてくれたのも井堂さんでした。
かのんぷ♪ というデュオのコンサートでは
「京都百景」のスライドや江戸小袖を快く貸してくださいました。
花巻のアトリエにも何度か伺いました。
奥様のきよのさんも私の企画した公演にいつも来てくださっています。
私が年間東京に戻ることになった時も
ご夫婦で送別会をやってくださいました。
東京にいた時から長くお付き合いをさせていただいた
恩人であり親友を失い、私はショックを隠せません。

井堂さんは私より歳も若いのです。
23
年前会社をクローズし意気消沈していた私を励まし、
懐かしのGSメドレーを歌ってくれた井堂雅夫さんはもういないと思うと、
人の命のはかなさが切々とこみ上げてきます。
今日もサイン入りの「京都百景」を見直し、
スケッチブックを手に持った井堂さんを思い浮かべています。
どうか、ご自分の描いた極楽の世界で安らかにお眠りください。 
合掌。
(橘市郎)