510日~11日と高野山に行ってきました。
京都に移り住んだ時から「行きたい、行きたい」と思いながら
実現できなかった小旅行でした。
「日帰りは無理なのでは?」
34日のスケジュールで行くなら、もっと遠方にしよう」などと
理由をつけているうちに行きそびれていたのです。

2014年に高野山の僧侶でありながら、
中央競馬会発行の「優駿」という雑誌の
最優秀エッセイ賞を受賞された
中島龍太郎さんとお目にかかった際、
「京都にお住まいなら高野山にはお見えになっていますよね?」
と言われ、大変恥ずかしい思いをしたものです。

「ぜひ一度いらしてください。ご案内しますから」と言われ、
この機会を逃してなるものかと
「はい、前から行きたいと思っていたものですから必ず」
と宣言したものの1年半もの間、約束を果たしていなかったのです。
開山1200年を経て、平成16年世界遺産登録をされた今、
これを逃したら大変と今年は新年からタイミングを探していました。
そして5月の連休明けがベストと決めたのです。

早速中島さんに報告したところ、
「出来れば宿坊に1泊されて、ゆっくり参拝してください」
と助言を受けました。
西室院という宿坊の手配もしていただき、
楽しみにしていたところ、
前日の天気予報で10日、11日は雨と知りました。
その前後はいい天気なのに行く日に限って雨とは!
「行く、行く」と言うばかりで
1年半も実行に移さなかった罰かと思ったくらいです。

でも、この雨は恵みの雨だったようです。
観光客はいつもと比べて少ないし、
はじめに案内された金剛峰寺の庭石は
雨にぬれて、黒く輝いていました。
カラスの濡れ羽色とはよく言ったものですね。
水分を含んだ木々の緑は実に鮮やかで美しさを増していました。

車で移動している間、右も左も風格ある寺院が立ち並び、
高野山のスケールにただただ圧倒されていました。
霊宝館の宝物の良好な保存、
雰囲気満点の宿坊、
夕食をいただいたお店の豊富なメニューなど、
書いていたらきりがありません。

翌朝はお務めに参加した後、朝時に出発して奥の院に向かいました。
大門、中門、壇上伽藍なども見せていただきましたが、
私は奥の院への参道に、言い知れぬ感動を覚えました。
弘法大師御廟へ続く1.3kmの参道は霊気に満ち、厳かで壮大でした。

樹齢千年以上の大杉が続き、
苔むした灯篭や白いカビで微妙に変色した墓石が
何ともいえぬ幽玄さを醸し出していました。

人が描いた美術品では決して出ない美しさ。
それは、何百年も自然の中で育まれた神聖な世界でした。
敵、味方関係なく供養されている墓石、
時々鳥居も見える神仏共生。
弘法大師の偉大さを素直に受け入れてしまう参道でした。
今でも日2回、大師の廟に運ばれ る食事。
目に見えなくとも、心で見える存在があることを実感しました。

この2日間で、75歳の私が素直になったような気がいたします。
中島さん、そして西室院でお務めをしてくださり、
中島さんが所属する国際局の上司の亀位さん、
本当にありがとうございました。

                      (達人の館 代表 橘市郎)