詩吟の2代目鈴木吟亮さんが亡くなりました。
50年来のお付き合いでした。
女流吟詠家として和歌を詩吟で謡い一線を画してきた方でした。
私は初代の宗家から
代目の本名福井美行さんに至るまで大変お世話になりました。

私が日本劇場の舞台監督をしていた時、
馬場紀邦さんと言う歌手から頼まれ
「知人が三越劇場で詩吟の会をやるのに舞台監督を探している。
ぜひ手伝って欲しい」と言われ引き受けたのが初めでした。
詩吟に詳しくない私は、吟舞の途中でカーテンを閉める失敗をしたものの、
公演の時間だけは決められた中に収められたので、
宗家は大変喜んで下さり、それから長いお付き合いが始まりました。

代目で、当時吟子さんと呼ばれていたお嬢さんは私より少し年上でしたが、
年齢が近いだけにいろいろと気を使ってくたものです。
それから何年か経った頃、吟子さんの御主人と息子さんの美行さんが
私の卒業した中学、高校と同じだったことが分かり、
美行さんが就職する時は、
私が東宝退職後に立ち上げた会社に入社してきたのです。
優秀な人材だった彼は何年か後に一流の広告代理店に転職、
さらに自分の会社を立ち上げるなどしましたが、
現在は吟亮流の代目を継いでいます。
代目が宗家の間に行われた会は、
ほとんど私がお手伝いしてきたのですが、
どんなに新しい試みをしても、代目はそれを実現すべく努力されていました。
どんな時も穏やかで会員の方たちもそのお人柄に協力的だったように思います。

私が京都に移り住んでからは余りお手伝いが出来ず、
申し訳ない気持ちで一杯です。
でも吟亮流の記念式典にはいつも呼んでいただき光栄でした。
どうか安心してお眠り下さい。
今後は息子さんの代目が立派に跡を継いでくれると思います。
いろいろなことを体験してきたことが生きてくるものと思います。
それにしても寂しいなあ(合掌)

(音楽・演劇プロデューサー  橘市郎)