達人の館

   本物の芸をじっくりと味う、大人のためのコンサートを企画・主催しています。

2015年02月

集団的自衛権の議論を通じて、
どんどん日本が「戦争の出来る国」へと
突き進んでいることを憂えています。
2年前、私は京都新聞のコラム「現代のことば」に
「平和憲法こそが日本を守る」という原稿を書きました。
この原稿を書いたのは、世界で唯一「二度と戦争をしない国」を誓い、
専守防衛を宣言してきた日本だからこそ、他の国に安心感を与え、
また世界から戦争がなくなる一筋の光として
一目置かれてきたと言いたかったからです。

その国が、世界のどこであっても、事と次第では戦争に参加したり、
武器を輸出しようとしています。
日本だけは自分から戦争を仕掛けたりはしないという
信頼感が失われた時、どうなるのか?
私は毎日心配しています。
母親に手を引かれ、戦火の中を逃げ惑った者の思いを、
ぜひ知ってほしいと思いこのブログで紹介することにたしました。
2
年前のものですが、今も少しのぶれはありません。



平和憲法が日本を守る

1945年3月10日夜、5歳の私は母に手を引かれ、
熱風の中を隅田川の方向に逃げ惑っていた。
ゴーッという音と暗闇の中に浮かび上がるオレンジ色の炎が忘れられない。
今考えれば、母は水のある場所を求め本能的に走っていたのだと思う。
背中には2歳の妹を背負い、手荷物は何一つ無かった。
3人とも防空頭巾だけは被っていた。
何処でどういう風にして夜を過ごしたかは全く覚えていない。
ただ、夜が明けて防空壕に戻ると潰れた穴から白い煙が上がっていた。
川に横たわる死体、電線にひっかかって揺れていた黒く焼け爛れた衣服。
それらが子供の脳裏に焼きついたまま今に至っている。
私はぎりぎりではあるが、あの東京大空襲の恐怖を体験しているのだ。

しかし、70歳未満の人はあの恐怖感を味わっていない。
「のどもと過ぎれば熱さを忘れる」どころか
もともと熱さを知らない世代が政治を動かす時代になった。

終戦を迎えた時、こんなむごい戦争は2度としてはならないと誰もが思った。

第9条に代表される平和憲法は、ほとんどの人に歓迎された。

戦地で亡くなった人も
本当は戦いたくなかった、

死にたくなかった。

訳も分からず焼き殺された非戦闘員に至っては、
ただただ被害者であった。


日本の平和憲法は、戦争によって命を落とされた方々の

無念の叫びが残してくれたものである。

この憲法を2分の1以上の賛成者がいるからといって

変えていいものだろうか。

51人が賛成したら、

49人の反対者がいても強行するという考え方は

「好きなようにしたい」という為政者の欲望である。

簡単に変えてもらっては困るから

3分の2というハードルを設けていることを真摯に受け止めて欲しい


核廃絶という問題にしても、
世界で唯一の被爆国である日本が旗を振らなかったら
誰がリードできるのだろう。
アメリカ、ロシア、中国がいくら核廃絶を唱えても、
自ら核を破棄しない限り説得力は無い。
日本が被爆国であり、核を保有していない国として、
お互いが廃絶に向かうよう説得するくらいの政治家が出て来て欲しいと思う。

山県有朋は、明治2年から始まった廃刀論議を元

明治9年に廃刀令を建議し、発令した。
士族の反対もあったが、
明治3年にまず庶民の廃刀を決め
4年には散髪脱刀令を出し、段階的にことを進めた。
アメリカの銃保有に関わる事件を見るにつけ、
この点については山県有朋に感謝したくなる。
人は武器を持てば気が大きくなり、使いたくなる。
牙をむかず、毒を持たないこと、
そして相手の立場をも考えられるやさしさを持つことこそ、
最良の防御ではないだろうか


日本人は言うべきことは言っても、
決して戦いを仕掛けないという
安心感を与えることが大切である。
勇気がいることではあるが世界から戦争を無くすにはこれしかないと思う。
「甘っちょろい、子供のような理想論を言うな」と
馬鹿にされるのは覚悟の上で訴え続けたい

(
京都造形芸術大学 教授・演劇プロデューサ 橘 市郎)


達人シリーズ④
「さくら貝の歌」、「あざみの歌」、「山のけむり」などを作曲した

八洲秀章 生誕100周年記念
「沢木順 父・八洲秀章を歌う」

数々の名曲を残した作曲家、八洲秀章生誕100周 年を記念して、
次男である沢木順が心を込めて父の作品を歌うコンサート。
また八洲秀章の恩師が山田耕筰であることから山田作品も披露する。
沢木順は元劇団 四季の団員で「ジーザス・クライスト=スーパースター」や
「美女と野獣」で主役を演じ好評を博した。
現在はミュージカルやコンサートで活躍する一方、
歌唱 指導にも力を発揮している。正に達人である。

チケットは14時の部は完売しました。
17時からの会ですが、終演は18時半です。
3月14日頃は19時でも明るいはずですし
コンサートの帰りに、お食事に出かけてはいかですか?
期  日   平成27年3月14日(土) ① 1400 (完売いたしました)
                        ② 1700

会  場    岡崎 NAM HALL

出  演    沢木順(歌)・笹井順子(ピアノ)
料  金    3500 (全指定席)

音響・照明    中元聡一郎
プロデューサー  橘市郎
主  催    一般社団法人 達人の館
協  賛    NAM HALL
協  力    ヘアーズ41・京都きものレンタル41

<予約・お問合わせ>
一般社団法人 達人の館  TEL0757088930
                 FAX0757088934





14日に達人の館主催のコンサートに出演する沢木順さんが
取材のため
日、京都に駆けつけてくれました。
彼は東宝や劇団四季で大活躍したミュージカル俳優ですが、
私と同じ早稲田の演劇専修を卒業しています。
私より年後輩なので、在学中
一緒に何かやったわけではないのですが、
東宝での仕事のほか、レストランバーで歌ってもらったり、
企画もののコンサートに出てもらったりしていました。

ことに宝田明さんが主演した
ミュージカル「ファンタスティックス」の
北海道公演や名古屋公演では、
演出補の私と行動を共にしたものです。
春秋座にもソロミュージカル「ロートレック」と
「ファンタスティックス」で出演してもらいました。
前者は彼の作・演出・主演。
後者は今回、父親役での出演でした。
かつて10代の青年役を演じたのに
今回、父親役というのが年月の経過を表していますね。
そんなわけで、過酷な取材スケジュールも
いやな顔ひとつせず協力してくれました。

まずは午前9時半にKBS京都入り、「ポジポジたまご」に生出演。
リハーサルの時からしゃべり過ぎて、
司会の大浦アナウンサーをあきれさせました。
しゃべりだしたら止まらない話好きは、
彼の個性ですから仕方ありません。
驚くべき身体のやわらかさを披露した後、
お父さん作曲の「あざみの歌」を歌ってくれました。

次なる取材は京都新聞です。
昼食の後、インタビューを受けましたが、ここでも絶好調。
お父さんのことはもちろん、
美空ひばりさんや浅利慶太さんとのエピソードも話してくれました。

16時半からは京都民報の取材です。
喫茶店での取材なのに歌いながらの歌唱論。
周りのお客さまのこともあり、
こちらは気がきではありませんでした。
でも彼のサービス精神はたいしたものです。
いつ掲載されるかは分りませんが
京都新聞と京都民報にはご注目を!

14時の回はあと8枚しかありませんが、
17時の回はまだ余裕があります。
皆さん、コンサートが終わった後、
暗くなるのがご心配のようですが、
18時半には終了しますし、
3月14日頃は19時でも明るいはずです。
どうぞ2回目のステージを狙ってください。

沢木さんのトーク はライブで、いっそう面白くなると思います。
歌唱力を楽しむのと同時に、大いに笑っていただきたいです。
なお、今月28日の
「江藤ゆう子昭和を歌うー昭和40年代編」
14時の回は完売。17時の回はあと4枚となっています。
お見逃し無いようお電話お急ぎください。

(
達人の館 代表 橘市郎)

 

                                                            

達人の館人気シリーズの第三弾です。
昭和にヒットした名曲 ― 歌謡曲・ラジオ歌謡・
ポップス・ジャズ・フォークソング・歌曲など ― を
心に染み入る歌声に定評がある江藤ゆう子の歌と
笹井順子のピアノでお送りするコンサートです。
また水野潤子が当時の出来事を紹介。
懐かしい昭和時代を音楽と語りで振り返ります。
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期  日   平成27228日(土)① 1400 ② 1700
会  場   岡崎 NAM HALL
出  演   江藤ゆう子(歌)笹井順子(ピアノ)・水野潤子(語り)
料  金   3,000(全指定席)


           ★   ★   ★

構  成    松山正人
 
プロデューサー 橘市郎 
主  催    一般社団法人 達人の館 
制作協力    江藤音楽事務所 
協  賛     NAM HALL

お問い合わせ・チケット取り扱い
江藤音楽 事務所    FAX 075-701-0283
一般社団法人 達人の館  ℡
075-708-8930・FAX075-708-8934 

 

 

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