達人の館

   本物の芸をじっくりと味う、大人のためのコンサートを企画・主催しています。

2016年05月

29日(日)は、いよいよ競馬の日本ダービーです。
23年前に中央競馬会発行の「優駿」という雑誌の
最優秀エッセイ賞をいただいたお陰で、
毎年関東で行われる5大G1レースに招待されています。

京都に引っ越してからは新幹線に乗り、
ホテルを取って行くので大変なのですが、
仕事とぶつかった時以外は欠席をしたことがありません。
私にとって競馬は、それほど、好きで好きでたまらない
永遠の恋人のようなものなのです。

昭和42年(1967年)3月9日に私の母は52歳で逝きました。
私もまだ27歳でしたからその落ち込みようは大変なものでした。
それから2ヶ月経った5月に、
私は帝国ホテルのレストラン・シアターで
東宝が制作したショーの舞台監督を務めていました。
ある日の休憩時間、楽屋のテレビの前に
出演者やスタッフが詰め掛けているのを見て何事かと思いました。
事件でも起こったのかと駆けつけてみると、
これからダービーという競馬のレースが始まるとのこと。
この頃、私は競馬のケの字も知らなかったので、
「なあーんだ」と言いながら、遠巻きに見ていると、
にわかに空が暗くなり猛烈な雨が降りだしました。
しかも、稲光が走り始めたんです。
「これじゃ中止でしょう」と私は素っ気無く言いました。
すると誰かが「競馬は雨が降ろうが、雷が鳴ろうが関係なく走るよ」と
得意気に言うのです。
「そうなんだ」と感心しているうちにファンファーレが鳴り、
スタートが切られると28頭の馬が、まるで戦場を駆けるが如く
泥まみれになって競り合って行きます。
それはそれは凄い迫力でした。
長い長い直線勝負の末、アサデンコウという馬が先頭でゴールを駆けぬけると、
歓声や溜息が聞こえて来ました。
誰もが興奮しているのを見て、
私も胸が熱くなったのを覚えています。
翌日の新聞で「アサデンコウ優勝!」の見出しと
「レース中に骨折して、3本足でゴールを駆け抜けた」
という記事を見るや私は涙をこらえ切れませんでした。
私はこの感動をきっかけに母を亡くした哀しみから
立ち直れたような気がします。
私が競馬に興味を持ち始めたのもこの時からです。

それから、約50年間、私は競馬の魅力に
どんどん取り付かれて行ったのです。
ここ10年、妻もこの魅力に引き込まれたようです。
競馬のことを書いていると何時間あっても足りません。
明日、京都から東京に向かいますが、
このブログを読まれた方はぜひテレビの競馬中継をごらんになってください。
225秒そこそこの生まの壮大なドラマをごらんになったら、
人生観が変わるかもしれません。
競馬から教えられることは余りにもたくさんあります。
単なるギャンブルではありません。
そのうち、また競馬に関することは書くと思いますが、
今日はここまでにしておきます。

(橘市郎)

521(土)に開催される「江藤ゆう子 昭和を歌う―番外編―」は
お陰さまで補助席までいっぱいになり、当日券がない状態です。
チケットをお持ちでない方は
どうぞ無駄足を運ばれないようにお願い申し上げます。
たった60名のキャパとはいえ、満員というのはうれしいもので、
お客様にはいつも感謝しております。
特にこの公演はお客様の平均年齢が
70歳を越えており、一層ありがたさを感じます。

2年間に亘る6回シリーズで顔なじみの方も出来ました。
DMの宛名書き、電話申し込みの対応をしていると、
一人ひとりのお客様の顔が見えてくるんですね。
デパートではなく、町の商店街を目指してきた
「達人の館」としてはうれしい限りです。
時には500、800席のキャパでの公演もありましたが、
いらしていただけるお客様は共通でした。
この輪がだんだん広がっていくといいなあと思っております。

ところで、「達人の館」が誕生したのは2014521日でした。
別に意識したわけではないのに、
偶然、丸2週年の日が「江藤ゆう子 昭和を歌う」となったことに
不思議な巡り会わせを感じます。
この間、江藤さんは150曲を暗譜し、レパートリーとしました。
笹井順子さんはこの全曲を
ピアノ譜にアレンジして伴奏してくれました。
水野潤子さんは2回目から(1回目は鈴木愛悠さん)
ずっと手堅い語りをしてくれています。
1回こっきりで終わらず、6回シリーズだったことが
どれだけ絆を強くしたか分かりません。

お客様との関わりも同じことが言えると思います。
チラシのデザインを担当してくれた西村萌さんの存在、
照明、音響を一人でこなしてくれた
中元聡一郎さんの存在も忘れることが出来ません。
そして、春秋座時代から私を助けてくれている盟友、
西川真由実さんのフロント対応も
達人の館のイメージを作り出してくれました。
全ての人達が単なるビジネスとしてでなく、
温かい交流の場を盛り上げてくれた功績に感謝したいと思います。
それに何よりもお客様が
複数回訪れてくださったことに改めて御礼申し上げます。

1210日にはロームシアターのサウスホールで
「江藤ゆう子 昭和を歌う―総集編―」が開催されますが、
これはプランツ・コーポレーションの武部宏会長が
この企画に興味をもたれ、主催してくださいます。
多少、デパート寄りの公演ですが、
それはそれで一味違った公演をお楽しみください。

商店街的公演としましては、
723(土)「夏山美樹 京都初コンサート」が控えています。
すでにチケット発売が始まっていて、
映画音楽、スタンダードジャズの
お好きな方からのお問い合わせが絶えません。
どうぞお早めにお申し込みください。

              (達人の館  代表  橘市郎)

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510日~11日と高野山に行ってきました。
京都に移り住んだ時から「行きたい、行きたい」と思いながら
実現できなかった小旅行でした。
「日帰りは無理なのでは?」
34日のスケジュールで行くなら、もっと遠方にしよう」などと
理由をつけているうちに行きそびれていたのです。

2014年に高野山の僧侶でありながら、
中央競馬会発行の「優駿」という雑誌の
最優秀エッセイ賞を受賞された
中島龍太郎さんとお目にかかった際、
「京都にお住まいなら高野山にはお見えになっていますよね?」
と言われ、大変恥ずかしい思いをしたものです。

「ぜひ一度いらしてください。ご案内しますから」と言われ、
この機会を逃してなるものかと
「はい、前から行きたいと思っていたものですから必ず」
と宣言したものの1年半もの間、約束を果たしていなかったのです。
開山1200年を経て、平成16年世界遺産登録をされた今、
これを逃したら大変と今年は新年からタイミングを探していました。
そして5月の連休明けがベストと決めたのです。

早速中島さんに報告したところ、
「出来れば宿坊に1泊されて、ゆっくり参拝してください」
と助言を受けました。
西室院という宿坊の手配もしていただき、
楽しみにしていたところ、
前日の天気予報で10日、11日は雨と知りました。
その前後はいい天気なのに行く日に限って雨とは!
「行く、行く」と言うばかりで
1年半も実行に移さなかった罰かと思ったくらいです。

でも、この雨は恵みの雨だったようです。
観光客はいつもと比べて少ないし、
はじめに案内された金剛峰寺の庭石は
雨にぬれて、黒く輝いていました。
カラスの濡れ羽色とはよく言ったものですね。
水分を含んだ木々の緑は実に鮮やかで美しさを増していました。

車で移動している間、右も左も風格ある寺院が立ち並び、
高野山のスケールにただただ圧倒されていました。
霊宝館の宝物の良好な保存、
雰囲気満点の宿坊、
夕食をいただいたお店の豊富なメニューなど、
書いていたらきりがありません。

翌朝はお務めに参加した後、朝時に出発して奥の院に向かいました。
大門、中門、壇上伽藍なども見せていただきましたが、
私は奥の院への参道に、言い知れぬ感動を覚えました。
弘法大師御廟へ続く1.3kmの参道は霊気に満ち、厳かで壮大でした。

樹齢千年以上の大杉が続き、
苔むした灯篭や白いカビで微妙に変色した墓石が
何ともいえぬ幽玄さを醸し出していました。

人が描いた美術品では決して出ない美しさ。
それは、何百年も自然の中で育まれた神聖な世界でした。
敵、味方関係なく供養されている墓石、
時々鳥居も見える神仏共生。
弘法大師の偉大さを素直に受け入れてしまう参道でした。
今でも日2回、大師の廟に運ばれ る食事。
目に見えなくとも、心で見える存在があることを実感しました。

この2日間で、75歳の私が素直になったような気がいたします。
中島さん、そして西室院でお務めをしてくださり、
中島さんが所属する国際局の上司の亀位さん、
本当にありがとうございました。

                      (達人の館 代表 橘市郎)

昨年、京都南座での公演を見て絶賛した
OSKのレビューを今度は大阪の松竹座で見てきました。

第1部が和物で、第2部が洋物という構成は同じでしたが、
第2部の構成・演出・振付が
名倉加代子さんというのが、私を引きつけました。
名倉さんには日劇でも何度か振付をお願いしていましたし、
私がプロデュースをした峰さを理さんのコンサートや
「グインサーガ炎の群像」というミュージカルでも
センスのある振付をしてくださいました。

私と名倉さんは同い年ということもあり、
いつもお互いに「頑張ろう」と声を掛け合っていました。
名倉さんがご自分のお弟子さんたちと始めた
ジャズダンスの公演が年々回数が増え、
ついには青山劇場で何千という
お客様を集めるようになったのを見た時には
我が事のように喜んだものです。

ご自分でも若々しい踊りを披露していたので、
どれだけ刺激を受け励まされたか知れません。
宝塚でもいくつかの名場面を作っている名倉さんが、
OSKの公演に参画されたのは素晴らしいことだと思ったのです。

私は期待に胸膨らませて着席しました。
第1部の和物は遊郭や火消しの江戸風俗を
浮世絵風に見せ、美しいものでした。
夢と現実を織り混ぜた演出でしたが、
いまひとつドラマ性が希薄だったような気がします。
レビューにドラマを求めるのは酷なので、
なまじストーリーを感じさせない方が良かったかも知れません。

第2部はさすがで、スピー ドと迫力に満ち溢れた楽しいものでした。
出演者たちは水を得た魚のように溌剌と踊り歌っていました。
92期生といわれる新人たちも、ベテランに臆することなく実力を発揮。
これが新人? と思わせる健闘振りでした。
養成所で鍛えられたというより、
ある程度キャリアのあるダンサーが参加していたのかも知れませが、
それはそれでひとつの行き方だと思います。
これくらいのレベルであれば、見た人は必ず満足するはずです。
後は、如何にしてレビューを見たことがない人を劇場に引き込むかですね。
BSでもいいから、テレビで舞台中継をやってもらったり、
ニュースで流れたりすれば違うと思うのですが。

この問題は私にとっても、ひとつのテーマです。
今後もレビューの楽しさを声高に宣伝させてもらい、
OSKを影ながら応援していくつもりです。
さて、5月21日に開催される
「江藤 ゆう子 昭和を歌う―番外編―」はお陰さまで
14時の回、17時の回共に完売となりました。
厚く御礼申し上げます。

23(土)の「夏山美樹 京都初コンサート」の前売りも好評で、
いいスタートが切れました。
何分にも、60名というキャパシティです。
早めのお申し込みをお待ちしております。
映画音楽やスタンダードを中心としたプログラムは
きっと皆様を楽しませてくれることでしょう。

(達人の館  代表 橘市郎)

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