一瞬の静寂

音楽・演劇プロデューサー・橘市郎のブログ。日々思ったことを綴っています。 東宝(株)と契約し、1973年にプロデユーサーに。1981年独立後は、企画制作会社アンクルの代表をつとめ、中野サンプラザからの委嘱で「ロック・ミュージカルハムレット」「原宿物語」「イダマンテ」を、会社解散後は「ファンタステイックス」「ブルーストッキング レデイース」などのミュージカルを制作。 2001年京都芸術劇場の初代企画運営室長。

2020年01月

大相撲初場所は混戦の優勝争いを制して幕尻の徳勝龍が優勝しました。
直接対決で大関貴景勝、準優勝の正代、好調の豊山、輝を連破したのですから
決してフロックではなく堂々とした優勝と言えます。
恩師の急死に報いようとした状況も後押ししたのでしょう。

それにしても両横綱の休場やベテラン役力士の不調は残念でした。
世代交代がやって来たとはいえ、
これから先が読めない世相と似ているようですね。
それにしても炎鵬をはじめとする小兵力士の活躍は
相撲を面白いものにしてくれています。
体力だけではなく、技能や工夫で
力が発揮できることを示してくれた功績は偉大です。
人間誰しも個性を生かせば、それなりの力を示すことが出来る
と言うメッセージはいろいろな立場の人に勇気を与えました。
「たかが相撲、されど相撲」
と言いたくなる様な取り組みがいくつかあったのは痛快でした。
この3月、大阪で行われる春場所にはぜひ出かけたいと思います。
スポーツの効用は人間に活力を与えてくれることなんでしょうね。


毎年年賀状をいただいている、
かつての日産ミスフェアレデイーのWさんからお便りをいただきました。
Wさんは私が東京でアンクルという会社をやっていた時
お手伝いただいていましたが、
今は結婚されて幸せなご家庭を持っておられます。
その方が今年59歳を迎えられたとの事。
自分が80歳になろうとしているのですから当たり前なのにびっくりするのは、
長い間お目にかかっていないので
当時の面影がそのまま残っているから何でしょうね。
彼女も時々同期の仲間と会って昔話に花を咲かせているそうですが、
その時は22歳に戻っているとの事。懐かしいなあ!!
人間はお互いに苦労をともにした仲間と時々会って、
過去をふり返るのも大切ですね。
自分が生きてきた証を確かめるためにも。
私もWさん達とまたお目にかかりたいものです。

(音楽・演劇プロデューサー   橘市郎)

 

1月18日、山口県から訪れてくれた
松浦茂さんと一緒に京都競馬場に行って来ました。
キタサンブラックが春の天皇賞で優勝した日以来ですから
久しぶりの呉越同舟です。
私は遠足に行く子供のようにはしゃいでいたようです。
競馬場に着いたのは開門直後でほとんど観客がいない状態でした。
改めて広い開放的な空間の中で呼吸している幸せな自分を実感していました。
モヤで正面の山並みは霞んでいましたが、
真上には青い空と白い雲が広がった絶好な競馬日和。
馬券はどうでもいい気分で幸せ一杯でした。
毎レース単複500円ずつ買って楽しむファンは
競馬会にとってはどうなんだろう?
などと余計な心配をしたのも初めての体験でした。

松浦さんも決して大金をつぎ込むギャンブラーではなく、
レースを楽しみ、馬を応援する人なので、何時も清々しいのが素敵でした。
でも、さすがに元気で毎レースパドックに行き、
指定席を取っていてもゴール近くの席で観戦する
バイタリティーはさすがでした。
私は彼の思うような動きに付いて行くのが
リハビリにもなると思って懸命でしたが、
速度を加減したり、
先にたってドアの開け閉めをしてくれたりする気使いに感心しきりでした。
投票券購入と払い戻しが同じ機械で出来るシステムや、
お金や投票券を入れる口が良く分からない新型の機械に
何度となく手こずっている私を助けてくれた松浦さん。
ありがとうございました。

あっという間に最終レースを迎えた時、
私はほとんど現金が減っていないのに気がつきました。
もちろん財布が膨らむなんてこともありませんが、
食事をし、これからお茶をするには十分です。
松浦さんも最終レースを当てて少しプラスされたようでした。
こんなに楽しませていただいてトントンで終われるなんて!
余りに楽しかったので、
私は自分が闘病生活をしていることをすっかり忘れていました。

淀駅で反対方向に向かう二人は別れることにしましたが、
今度は3月に大相撲を観戦することになっています。
元気を付けてくれる松浦さんに感謝です。
私を励ましてくれる方が
他にも沢山いらっしゃるのを感謝するとともに、
一生懸命生きていかなければいけないと改めて思いました。

娘たちに教えてもらって気が付きましたが
何と松浦さんが我が家に泊まってくれた日は
私たち夫婦の結婚記念日でもあったのです。
生きていて良かったそう実感した2日間でした。

(音楽・演劇プロデューサー   橘市郎)

 

 

 

 

18()、3年ぶりに淀まで出かけて行こうと思っています。
私の馬友、松浦茂さんが京都に来て拙宅に泊まってくれると言うので
すっかりその気になったのです。
思えばキタサンブッラックが春の天皇賞を取った時
ご一緒して以来久々の機会になります。

あの頃は毎週のように淀に通い元気一杯でした。
しかし病に倒れてからは嘘のように競馬場から遠ざかっていたのです。
松浦さんは昨年は大相撲に誘ってくれ、
今年は競馬場行きの機会を作ってくれました。
私を元気づけようとしてくれている優しい気持ちが伝わってきて、
30歳近く若い息子を持った父親のような気分です。
私には3人の娘がいますが、
息子はいないので余計そう感じるのかもしれませんね。
マークシートのつけ方も不安になっている私ですが、
馬券はほとんど買わずに馬たちの元気な走りを応援してくるつもりです。
これで体力に自信がついたら、
仕事もしっかりやろうと意欲が沸いてきました。
松浦さん元気をくれてありがとう!!
3月には大相撲見物もしようと約束していますので、楽しみです。

*

アメリカとイランの対立があわや戦争になるかと心配されましたが
何とか回避されました。
核が拡散されている現代において、一度、戦争が始まれば
それは人類滅亡の危機にさらされるきかっけとなることでしょう。
世の中の仕組みがどんどん変わっていく未来を救うのは、
平和を願う若い人たちの叡智です。
地球を大切にしようとする人たち、
お互いの人間性を尊重しようとする人たちが
協力しあって仲良くなっていって欲しいものです。

例えばゴーンさんが30億円を恵まれない人たちへ
寄付するようなことが行われれば世の中少しは変わっていくでしょうね。
それをきっかけに世界中の富豪が資産を分け与えるような出来事が起こる……
なんてことはありえないでしょうが、
これを実行する人が出てきたら歴史に残る偉人になります。
その権利を持っている人たちは何人もいるのに、残念ですね。

(音楽・演劇プロデューサー   橘市郎)

 

新年が明けて、もう日あっという間に過ぎました。
無事に年を越せたことを感謝したいと思います。
いろいろなことがあっても、今現在、元気でいられることを
ありがたいと思わなくてはいけない年齢になったのですね。
今年は毎日毎日をとにかく前向きに歩んでゆくつもりです。
年寄りの愚痴くらいに思ってお付き合いいただけたらうれしいです。

*

さて昨年、書なかったのですが、
1225日に突然「桂坂古墳の森」に行ってみようと思いたちました。
いつも散歩してるコースにも古墳があり
洛西は6世紀頃から集落があったと聞いていたからです。
ネットで調べると私の仕事部屋から見える丘の付近が「桂坂古墳の森」でした。
あまり興味のなさそうな妻を誘って、
市の文化財保護課に電話で見学を申し出ると、
親切に対応してくれて保存会の浅田会長が案内して下さるとのこと。
これは行かずにはいられないということであたふたと出かけていきました。

バスで30分もしないところにいくつもの古墳があるなんて不勉強でした。
奈良にある天皇陵に較べれば小規模なものではあっても、
復元された古墳の内までも入らせていただいた体験は貴重なものでした。
説明して下さった方の分かりやすい話も面白く、
本当に有意義な1日だったと思います。
浅田会長ありがとうございました。 

* 

年明け早々、ゴーンさんの逃走劇が
まるで映画のストーリーを思わせるように報道されています。
私は改めて「地獄の沙汰も金次第」という諺を思い出しました。
古の人は何とうまい事を言ったものでしょう。
今騒がれているIR誘致に関する賄賂の有無についても
「またか?」といった感じ。
貧富の差が激しくなっていく傾向は何とか是正していかないといけませんね。
「努力しないで、与えられることを求める」のも困るけれど
「資本主義」と「共産主義」の中間、
要するに「中庸の美徳」は言うは易くでなかなか難しいようです。

それにしても人間は、先人が失敗したことを教訓にして
「失敗を繰返さない」ように出来ないのでしょうか。
「我欲」が本能だとしたら悲しいことですね。

(音楽・演劇プロデューサー   橘市郎)

↑このページのトップヘ