達人の館

   本物の芸をじっくりと味う、大人のためのコンサートを企画・主催しています。

カテゴリ: エッセイ

全国高校野球の熱戦が連日中継されています。
高校生たちが全力で青春を爆発させて挑戦する
純粋な姿に感動をよばないではいられません。
私のような年齢のものにも、その情熱が伝わってくる日々です。
ところで破れたチームの選手たちが揃って
グラウンドの土を袋に入れて持ち帰る風景は、
いつから見られるようになったかご存知ですか?

実は私も子供の頃は野球少年だったので、
高校生になったら野球部に入る積もりでした。
しかし、当時私の体重は48キロ、身長も163センチで
とても野球をやる体格とは思えず、
9人制のバレーボールでバックライト、
変則トップ・サーバーを務めることにしました。
それでも野球への興味は忘れられず、
同級生のお兄さんから筑波大学付属野球部の話をいろいろ聞いていました。

その竹田さんはなんと戦後、再開されたばかりの全国高校野球大会で
東京代表として甲子園に出場していたのです。
と言っても戦後間もない当時、硬式の野球部はほとんど無く、
数少ないチームの中から東京代表として甲子園に遠征されたようです。
結果は1回戦で敗退。
その時グラウンドの砂を袋に入れたのが、今も引き継がれているようです。
これが事実かどうかはきちんと調べて欲しいのですが、
いかにも筑波大学付属高校の生徒がやりそうなことだと思っています。

でもこの行動はいかにもロマンを感じさせるし、
この大会が感動を与える一場面になっていることには間違いありません。

8月19日現在勝ち残っているチームは4校。
いずれが優勝しても初といわれます。
いつまでもこの大会が引き継がれていくことを祈りたいと思います。

(音楽・演劇プロデューサー    橘市郎)



 

入院する前に62キロあった体重が遂に48キロになりました。
1年半で14キロ減と言うのは我ながら驚きます。
糖尿病というのは量を食べれば血糖値が上がるし、
量を減らせば体重が落ちるし、とっても厄介な病気です。
でも考えてみれば高校3年の時は48キロだったし、
競馬の騎手やボクサーには同じくらいの体重の選手が大勢います。
もしかすると高校生以後の体重は贅肉だったかも知れません。
いえ、そう言う事にしたいと思っています。

「わあ、藤田菜七子ちゃんと同じ体重になっちゃた」
そう言いながら頑張っています。
痩せている者は先ず食料が少なくてすみます。
満員電車緩和に貢献しています。
でも重いものを持ったり、格闘でもすると不利は否めません。
やはり中肉中背が一番いいようですね。
何事も中庸が大切。
中立と言うことが尊ばれる意味が解ったような気が致します。
今日からは何事も前向きに考えて、現在出来る事に挑戦して行こうと思います。

*

私はこれまで、随分大勢の方と仕事をしてきたと思います。
ことに先輩と言われる方たちにはどれほどお世話になってきたかわかりません。
中には個性的な上司も随分いました。
でも良く考えてみると立派な人と言うのはどの方も、
決して威張らなかったように思います。
偉ぶると言うか、居丈高に接する人で
尊敬できるような人は一人もいませんでした。
仕事が出来、説得力のある方は皆んな謙虚でした。
人の話にじっと耳を傾け頷きながら、
自分はこう思うんだけれどと説得する方が多かったような気が致します。
威張らない謙虚さがどれほど人の心を動かした事でしょう。
力ずくで人を説得するのではなく、
思いを素直に語る姿勢が大切なのは、どの世界にも言える事なのでしょう。
この事は政治の世界でも同じだと思うのですが。

 (音楽・演劇プロデューサー 橘市郎)





ここのところ日本と韓国が
いろいろ対立しているようですが、本当に残念です。
私がお世話になった京都造形芸術大学には
韓国から沢山の留学生が来てくれています。
10年も前には毎年民族舞踊の来日公演が行われていました。
関空に出迎えに行くと彼らは実に礼儀正しく、
年長者を敬う習慣は日本人以上でした。

日韓のスタッフたちはお互いに協力して、
いつも良いものを作ろうとして一生懸命でした。
政治の世界での対立はともすると民間の親善を
ぶち壊してきた過去の事実が思い出されます。
日米の関係でも心ある人たちは、
その不幸を嘆いていた時代がありました。

お互いが仲良くしていくこと、
すなわち相手を理解し、尊敬することが
悪いことのように仕向けられていくことがないようにしたいものです。
素朴な一市民が先導され、
偏った考え方に流されることのないように、冷静になりましょう。
そして何者かに扇動されることの恐ろしさを身にしみて欲しいと思います

*

月のヴェルディ・サロン・ライヴは夏休みとなります。
これはお店の方針ですので良しとしたいと思います。
そのかわり日には女性歌手4人による華やかなコンサート、
15日には初出演の方の演奏をお届けいたします。
お店の入り口が新しくなったり、
いろいろな設備が良くなりますのでどうぞご期待下さい。

オープンから3年が経とうとしているライヴを
もっともっと充実させていくつもりです。
今後ともよろしくお願い致します。

 (音楽・演劇プロデューサー   橘市郎)

721(日)は選挙、ライヴ、競馬、
大相撲千秋楽、祇園祭などが重なり忙しい1日でした。
中でも選挙の結果、改憲勢力が3分の2を越えるかどうか、
野党がどのくらい議席を獲得するかが焦点の1日でした。
結果はかろうじて改憲が阻止され、野党はわずかながら票を伸ばしました。

しかし投票率は50パーセントを切り、戦後2番目の低さだったようです。
もちろん中には自分の信念のもと投票に行かなかった人もいることでしょう。
それはさておいて、棄権した方が半数以上いるというのは
残念というしかありません。
「どうせ投票しても世の中は変わらないよ」とか
「もっと大切なことがあって忙しいんだよ」という理由で
投票に行かないとしたら悲しいですね。

良く「歴史は繰返す」とか「奢れる者久しからず」とか言いますが、
先人が身にしみて漏らした言葉はかみしめて物事を考えたいものです。
秋には衆議院選挙もあるかも知れません。
オリンピックに熱くなるのは当然ですが政局にも目を光らせましょう。


                   *

おめでたいご報告を一つ。
ヴェルディ・サロン・ライヴでお馴染みの
テノール歌手の井藤航太さんが
東京で行われた由緒ある声楽コンクールで優勝し、
合わせて五十嵐喜芳特別賞も受賞いたしました。
井藤さんはこの921()春秋座で行われる
「春秋座オペラ10周年記念ガラ・コンサート」
に出演することになっており、まさに凱旋致します。
先輩の一流歌手との競演をぜひ聴いてあげてください。

(音楽・演劇プロデューサー  橘市郎)

ジャニーさんが亡くなられたニュースが連日伝えられ、
その業績が大きく取り上げられています。
本当にいい仕事をされ、日本の芸能界に大きな貢献をされた
偉大なプロデューサーだった思います。

私もミュージカル「グリース」であおい輝彦さん、
「原宿物語」で野村義男さん、
「イダマンテ」で近藤真彦さんを出演させていただき大変お世話になりました。
しかし、そもそもジャニーさんは
私が東宝の日劇で演出補佐をしていた頃からの仕事仲間でした。
ジャニーさんは演出家の松尾准光さんとの親交が深く、
よく麻雀に誘われ鴨にされていたことが思い出されます。
そんな時でもジャニーさんは、さばさばとされていたのが印象的でした。

その頃はジャニーさんも不遇で、
新人のベビーギャングスというタレントを
ウエスタン・カーニバルに出演させるのに懸命でした。
私はその頃、東京の足立区にある団地に住んでいましたが、
売り込みのために自分の運転する車に私を乗せて、
自宅まで送ってくれるほど熱心だったことが思い出されます。

ジャニーズ事務所が大きくなってからは、
チケットが取りにくい売れっ子のコンサートのチケットを取ってもらう
お願いをするくらいのお付き合いになりましたが、
そんな時にはいつも善処してくれたものでした。

ジャニーさんは男性の美しさは
少年のしなやかな肉体にこそ宿っていると信じていたのです。
贅肉の無いスリムで研ぎ澄まされた身体にこそ永遠の魅力があると見たのです。
そういえば中年太りという言葉があるように、
人はだんだんと節制の無い生活に陥って行きますね。
私などはその罰を受け病気になってしまったと言えるかもしれません。
ジャニーさん、あなたは自分の審美眼を信じ切り、
自らも実践してきた方です。

改めてあなたの生き方に敬意を表したいと思います。
今、私は何も出来ませんが、
あなたの「一生現役」だった人生を見習う積もりです。
どうぞ安らかにお眠り下さい。

(音楽・演劇プロデューサー 橘市郎)

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