一瞬の静寂

音楽・演劇プロデューサー・橘市郎のブログ。日々思ったことを綴っています。 東宝(株)と契約し、1973年にプロデユーサーに。1981年独立後は、企画制作会社アンクルの代表をつとめ、中野サンプラザからの委嘱で「ロック・ミュージカルハムレット」「原宿物語」「イダマンテ」を、会社解散後は「ファンタステイックス」「ブルーストッキング レデイース」などのミュージカルを制作。 2001年京都芸術劇場の初代企画運営室長。

カテゴリ: エッセイ

現在放映中のドラマ「エール」は古関先生をモデルにしたものですが、先生の作品を紹介した「古関裕二 不滅のメロディ」という日劇での音楽会は忘れることが出来ません。

これは演出家の山本紫朗先生の企画で古賀政男、服部良一、古関裕二という3人の作曲家の曲をそれぞれフュ―チャーしたものでしたが、いずれの方とも親交の深い山本先生だからこそ実現した企画と言えます。

私は制作担当ということで関わりましたが大御所ばかりの出演者にてんてこ舞いしたのを覚えています。華やかな服部先生に対し、古関先生は地味なタイプでしたが、お二人とも謙虚で優しいのに驚きました。書ききれない程のヒット曲を作られたにもかかわらず、少しも威張らないお人柄が印象的でした。

「能ある鷹は爪を隠す」という格言を地で行くような先生を思い出します。先生の作品は年月を経るほど評価されていくことでしょう。今この時に先生の一生をドラマ化してくれたプロデューサーに敬意を評したいと思います。 

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不要不出の外出を控えるようにしていますが、世の中にはこんな時にも能天気にレジャーを楽しもうとする人がいるようです。

感染のリスクは誰にもありますが、少なくとも自らその可能性を広げない節制はエチケットのような気がします。

「自分さえ良ければ」というエゴを捨てるよう努力しましょう。世界のあちらこちからはげましのメッセージが送られて来ます。

「災い転じて福となる」という事になるといいですね。

(音楽・演劇プロデュユーサー  橘市郎)

1週間前のブログでは明日にでも緊急事態宣言が出される模様と書いていましたが、今は出来るだけ自宅にこもるように言われる状況になっています。

各自の事情で言いたい事、そうせねばならない事があると思いますが、ここは我慢のしどころのような気が致します。
ことに年金生活をしている私のような立場の者は、如何に迷惑をかけないようにするかを考えてしまいます。自宅に篭り普段出来ないことをやろうと全26巻の山岡荘八作の「徳川家康」を読んだり、今までかけなかった膨大なテスト版のLPレコードを聴いたりと、ある意味では贅沢な日々を過ごしています。

悩み苦しんでいる方々が大勢いにらっしゃるのに、申し訳ない気もしますが迷惑をかけないように心がけるのも協力と思っています。

苦境ではありますが出来るだけこの機会を前向きに捉え、平穏な日々がやってくるのを待ちましょう。

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毎日深刻な事態が報じられている中で、昨日競馬の桜花賞が無観客で行われました。このご時勢に競馬などと非難される方もいらっしゃいますが、私は良くぞ開催してくれたと感謝しています。

広々したコースを走るサラブレットには元気をもらえるし、無観客でも力一杯死闘を繰り広げるジョッキーからは感動を与えられます。私が以前から熱烈に応援していた藤田菜七子騎手も骨折を克服してカムバック、早速勝ち星を重ねました。

1日も早く観客を入れて熱戦が繰り広げられる日が戻ってくるのを楽しみにしたいと思います。「たかが競馬、されど競馬」この言葉はこんな時こそ説得力をもって響いてきます。

(音楽・演劇プロデューサー   橘市郎)

予想どおりコロナ・ウイルスの感染者は右肩上がりに上昇し「非常事態宣言」が出されそうな状況になりました。

政府の対応は首相の「いい格好をしたい」体質がそのまま露見した感じです。以前からいろいろと糾弾されてきた事がここに至って極まったというべきでしょうか。

一方、小池都知事の対応は立派でした。国民の安全に心を配り、自分の言葉で実情を訴えた行動は、どちらが首相に相応しいかを考えさせるほどでした。もちろん国家と地方との違いはありますが、北海道の鈴木知事といい、リーダーの資質とは何かを教えられたような気がします。

今の事態に対し、我々、一市民はどうするべきかを冷静に考えないといけないと思います。岡目八目のように評論家になっても何も好転しません。自分自身が感染のリスクを最小限に食い止めるように自粛することです。何度も書いているように、一斉に右に行ったり、左に行ったりせず冷静に行動をしたいものです。

地球が滅亡しない限り、必ず平穏がやって来ると信じておたおたしないようにしましょう。
こんな時にも桜の花が美しく咲き誇っている姿は勇気付けられますね。 

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久しぶりにBSのテレビ番組で岩崎宏美さんの歌声を聴きました。
相変わらず透き通った声で懐かしかったです。

岩崎さんは中野サンプラザ・ホールで上演されたロック・ミュージカル「ハムレット」にオッフェリア役で出演していただきました。この時のハムレット役は桑名正博さんでしたが、入水したオッフェリアを抱きかかえて歌うシーンが何故か忘れられません。

岩崎さんは先生の「歌のおばさん」松田トシさんから紹介された時から才能を発揮されていました。ミュージカルの他にもディナーショーをやっていただきましたが、いつでも安定した歌唱でファンを魅了してくれたのが昨日のようです。
基礎がきちんと出来ている岩崎さん、いつまでも歌い続けていてくださいね。

(音楽・演劇プロデューサー   橘市郎)


1週間前にはオリンピックの延期も決まっていず、非常事態宣言の可能性も検討されていませんでした。日本だけは安泰のような雰囲気があったのに、この1週間の急変ぶりは一体、何なのでしょう。動揺を抑えるために意図的に情報を操作していたと思われても仕方ない程です。

いろいろな支援策にしても効果がどの位あるのか、いつ実行されるのか一向に判りません。
こんな時にはおたおたせず、人に迷惑をかけず、自分に出来る事を精一杯やるしかありません。

決して自己中心のエゴではなく、それがほかの人にとっても為になるのです。困っている人を助けるのは当たり前ですが、その前に人に迷惑をかけないように心がけるのが大切だと思います。

とにかくこのピンチを乗り越え、再び平穏な日々が戻ることを願って頑張りましょう!


志村けんさんが亡くなられたニュースがテレビで報じられました。まだお若いのに残念ですね。
私が日劇で舞台監督をしていたころはドリフターズが全盛で、志村さんはまだバンドボーイのような付き人をやっていました。

私は加藤茶さんとは結構縁が深く、ゴルフ場の風呂場でお会いしたり、つい4、5年前には新歌舞伎座の楽屋でお目にかかりましたが、志村さんがあれほどまでに人気者になるとは思ってもいませんでした。ただ仕事の段取りが素早く、いかりや長介さんが頼りにしていたのが印象に残っています。

人は誰でも下積みの時代を経て1人前になって行きます。才能と努力によって何処まで大きくなるかはなかなか予測が出来ません。
短い生涯を最大限に生きぬいた志村けんさんに改めて敬意を表したいと思います。
どうぞ安らかにお眠り下さい。

(音楽・演劇プロデューサー   橘市郎)

宮城まり子さんが亡くなられました。
「ガード下の靴磨き」の大ヒットで人気者だった宮城さんは、私が有楽町の日劇で舞台監督をやっていた頃、「スコットランドの鐘」というミュージカル仕立てのショーに主演されたことがあります。

宮城さんは一つのことに集中されるタイプで、毎日のように電話を掛けてきては私に注文を出されました。それも会社にだけではなく自宅に、しかも真夜中に掛けてこられるのです。ショーのクライマックスで、宙吊りのロープにぶら下がり鐘を突く場面がありましたが、その握りの部分に皮をまいて欲しいというリクエストを舞台稽古当日の午前3時頃、自宅に電話してくるほど熱心な方でした。

若輩者の私は「何とかします」と答えたもののいい案が浮かばず、劇場に行ってから倉庫を漁って大量にあったタンバリンの皮を剥いだのを覚えています。柔らかい皮を期待していた宮城さんには大変失礼したと思っています。でも舞台は迫力満点で、大喝采を浴びたのでした。この時共演していたダンサー、神崎一人さんは後に宮城まり子さんが開いた「ねむの木学園」で振付師としてずっと彼女を支え続けました。

障害を持った子供たちに夢と希望を待たせ続けた宮城まり子さん、本当に純粋な方でした。
彼女の優しさが結集されたこの施設をいつまでも守って行って欲しいものです。


新型コロナウイルスの状況が毎日のように社会情勢を揺るがせています。
オリンピックの開催も延期の可能性が濃くなってきました。国会では政府の隠蔽体質がいろいろと暴かれています。明日がどうなるかわからない状態です。こういう時こそ冷静に、自分が出来ることを実行するしかありません。自分だけのことを考えるというのではなく、いかに対処するのが社会のためになるのかを実行することなんでしょうね。
おたおたする事無くクールさを保ちたいと思います。

(音楽・演劇プロデューサー   橘市郎)

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