一瞬の静寂

音楽・演劇プロデューサー・橘市郎のブログ。日々思ったことを綴っています。 東宝(株)と契約し、1973年にプロデユーサーに。1981年独立後は、企画制作会社アンクルの代表をつとめ、中野サンプラザからの委嘱で「ロック・ミュージカルハムレット」「原宿物語」「イダマンテ」を、会社解散後は「ファンタステイックス」「ブルーストッキング レデイース」などのミュージカルを制作。 2001年京都芸術劇場の初代企画運営室長。

カテゴリ: エッセイ

私より10年も先輩なのにお元気に活動されている宝田さん、今はお好きな麻雀も出来ず体力をもてあそばれている事でしょう。

宝田さんは私が日劇で舞台監督をしていた時から東宝映画のスターとして毎年正月公演に出演されていましたが、本当に苦労をともにしたのは、私が渋谷のジャンジャンで公演されたミュージカル「ファンタステイックス」の演出助手をした時からです。

演出の中村哮夫さんに声をかけられ、ミュージカルが大好きだった私は二つ返事で引き受けたものの、それはそれは過酷なものでした。稽古の時間といったら宝田さんの映画撮影が終わった後ですから、どうしても深夜になります。逆に関係者のほとんどが揃うのでいい稽古にはなりましたが、私は昼間日劇、夜ジャンジャン、合い間にアルバイトのクイズ作りというハードなもの。原宿の安宿に泊まる日が多かったのも懐かしい思い出です。

このミュージカルは「紀伊国屋演劇賞」をいただくと全国から声をかけられるようになり、旅公演で行動を共にすることが多くなりました。そんな訳で「フアンタスティックス」に対する宝田さんの思い入れは強く、私が京都の春秋座で仕事をするようになってからも売り込まれ、公演が実現したのです。

一方の私もこの作品が忘れられずプロデューサーの松江陽一さんと演出の中村哮夫さんのご了承をいただき新に全国公演を企画いたしました。宝田さんは多忙のためエルガヨ役は故・林隆三さんと横内正さんにお願いしたのですが、さぞや悔しかったと思います。でも「エルガヨ役は俺の持ち役だ」という自信があったようで、何もおっしゃらないのが印象的でした。

宝田さんは、「ファンタステイックス」でマット役を演じていた沢木順さんがプロデュースするクリスマス公演に出演するため毎年、大阪の心斎橋劇場に来られていました。ショーを見た後、楽屋にお尋ねすると何時も懐かしそうに迎えてくれるのです。今は麻雀が出来ないので何をしてストレスを解消しているのでしょうか? 戦争中の苦労話とともに、戦争は絶対にしてはならないと何時も力説している宝田さん、どうかお元気でまた関西にいらして下さいね。

(音楽・演劇プロデューサー   橘市郎)



私たち夫婦はもう結婚して55年になりますが、私の血液型がA、家内の血液型がBで全く性格が違います。喧嘩も良くしました。

1985年、茨城県で行われた「つくば科学万博」が行われた時、私は寺内タケシさんに声をかけられ、茨木パピリオンでの催物を企画制作しました。毎日が日替わりメニューですから、司会者にはかなりしっかりした人を起用する必要があります。そこでお願いしたのが玉置宏さんでした。
玉置さんは三橋美智也さんのショーの司会をしていた関係で以前から親しくさせていただいていたこともありました。

私たちは毎日のことなので雑談する機会も多く、ある時、妻との性格の違いを面白おかしく嘆いたことがありました。すると玉置さんが言いました。「橘さん、物は考えようです。川に仕掛ける網は距離があるほど捕れる魚が多いでしょ!」これには目から鱗が落ちると言うか、上手いことを言うな!と感心すること仕切りでした。

ニッポン放送で玉置さんが長らくやっていた「玉置宏の笑顔でこんにちは!」で何度となくイヴェントの紹介もしてもらいました。「横浜にぎわい座」のスタッフとしで教え子がお世話になったりもいたしました。人間味溢れる暖かい人柄は忘れられません。バランス感覚が大切なことを教えてくれた方でもあったと思います。
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5月3日は憲法記念日でした。今この時に憲法改正に執念を燃やしている総理大臣。政治家は多かれ少なかれ、自分が歴史上の人物になろうという功名心があるのは仕方ないとはいえ、70パーセント以上の民意を無視する神経は理解出来ません。

「本性現らわす!」この実態を見ても今のままがいいという人たち、いい加減目を覚まして下さいと言いたくなります。
それにしても平穏な日々が早くやって来て欲しいものですね。辛抱。辛抱。

(音楽・演劇プロデューサー   橘市郎)

 

少年時代、私は野球少年でした。音楽には余り興味がなかったような気が致します。

それが中学生になった頃から先輩に少しづつ刺激を受けるようになり、高校生になった時、新島弘先生と出会い一気に音楽愛好家になって行ったのです。

しかし私には、少し歌は唄うものの自分が声楽家になる気持ちは全くありませんでした。自分にはそんな才能はなっかたし、家の事情がそんな環境でもありませんでした。

ただ新島先生が、ピアニストのホロビッツに傾倒し、いつも緑色の服を着てその素晴らしさを語る姿に、音楽の力を感じたのは確かです。自分は演奏家にはなれないけれど、音楽に関わる仕事に就きたいと決心させてくれたのが新島先生だったのです。

今、沢山のCDやレコードを楽しめるのも先生のお陰だし、プロデューサーとして仕事が出来るのも先生との出会いが大きかったと思っています。もちろん、いろいろな方との出会いに助けられてきたのは事実ですがきっかけという意味で、新島先生の存在を忘れるわけにはいきません。それにしても、いい先生とはこわい人でも偉ぶる人でもないようですね。

新島先生、今頃は天国でホロビッツと仲良くされていますか?

少し首を傾け上目使いで話される姿が忘れられません。

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自宅での待機が少しずつ効果を発揮してきているようです。

悪知恵を働かせて儲けようとしている良からぬ人もいますが、多くの人が思いやりを示し、励ましあっている姿を見ると、人はもともと優しいのだと心洗われます。

そこで、新型コロナウイルスも一方的に敵と思わず、何とか共生できないものかと思います。100パーセント敵と考えず、彼らも生きようと懸命なのだから、少しは生かしておいてやろうという考えかたです。これが免疫療法になるのでしょうか?

医学に関しては全く素人ですが、菌を全滅させようとするのではなく、耐性を作る方法は無いものだろうかと思うのです。トランプさんのように「自分たちだけが良ければいい」ではなく「相手のことも立ててあげる」という考えのもと共存共栄を考えることは、この地球上に生きとし生きるものの知恵と思うのですが。


(音楽・演劇プロデューサー    橘市郎)

現在放映中のドラマ「エール」は古関先生をモデルにしたものですが、先生の作品を紹介した「古関裕二 不滅のメロディ」という日劇での音楽会は忘れることが出来ません。

これは演出家の山本紫朗先生の企画で古賀政男、服部良一、古関裕二という3人の作曲家の曲をそれぞれフュ―チャーしたものでしたが、いずれの方とも親交の深い山本先生だからこそ実現した企画と言えます。

私は制作担当ということで関わりましたが大御所ばかりの出演者にてんてこ舞いしたのを覚えています。華やかな服部先生に対し、古関先生は地味なタイプでしたが、お二人とも謙虚で優しいのに驚きました。書ききれない程のヒット曲を作られたにもかかわらず、少しも威張らないお人柄が印象的でした。

「能ある鷹は爪を隠す」という格言を地で行くような先生を思い出します。先生の作品は年月を経るほど評価されていくことでしょう。今この時に先生の一生をドラマ化してくれたプロデューサーに敬意を評したいと思います。 

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不要不出の外出を控えるようにしていますが、世の中にはこんな時にも能天気にレジャーを楽しもうとする人がいるようです。

感染のリスクは誰にもありますが、少なくとも自らその可能性を広げない節制はエチケットのような気がします。

「自分さえ良ければ」というエゴを捨てるよう努力しましょう。世界のあちらこちからはげましのメッセージが送られて来ます。

「災い転じて福となる」という事になるといいですね。

(音楽・演劇プロデュユーサー  橘市郎)

1週間前のブログでは明日にでも緊急事態宣言が出される模様と書いていましたが、今は出来るだけ自宅にこもるように言われる状況になっています。

各自の事情で言いたい事、そうせねばならない事があると思いますが、ここは我慢のしどころのような気が致します。
ことに年金生活をしている私のような立場の者は、如何に迷惑をかけないようにするかを考えてしまいます。自宅に篭り普段出来ないことをやろうと全26巻の山岡荘八作の「徳川家康」を読んだり、今までかけなかった膨大なテスト版のLPレコードを聴いたりと、ある意味では贅沢な日々を過ごしています。

悩み苦しんでいる方々が大勢いにらっしゃるのに、申し訳ない気もしますが迷惑をかけないように心がけるのも協力と思っています。

苦境ではありますが出来るだけこの機会を前向きに捉え、平穏な日々がやってくるのを待ちましょう。

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毎日深刻な事態が報じられている中で、昨日競馬の桜花賞が無観客で行われました。このご時勢に競馬などと非難される方もいらっしゃいますが、私は良くぞ開催してくれたと感謝しています。

広々したコースを走るサラブレットには元気をもらえるし、無観客でも力一杯死闘を繰り広げるジョッキーからは感動を与えられます。私が以前から熱烈に応援していた藤田菜七子騎手も骨折を克服してカムバック、早速勝ち星を重ねました。

1日も早く観客を入れて熱戦が繰り広げられる日が戻ってくるのを楽しみにしたいと思います。「たかが競馬、されど競馬」この言葉はこんな時こそ説得力をもって響いてきます。

(音楽・演劇プロデューサー   橘市郎)

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