一瞬の静寂

音楽・演劇プロデューサー・橘市郎のブログ。日々思ったことを綴っています。 東宝(株)と契約し、1973年にプロデユーサーに。1981年独立後は、企画制作会社アンクルの代表をつとめ、中野サンプラザからの委嘱で「ロック・ミュージカルハムレット」「原宿物語」「イダマンテ」を、会社解散後は「ファンタステイックス」「ブルーストッキング レデイース」などのミュージカルを制作。 2001年京都芸術劇場の初代企画運営室長。

カテゴリ: エッセイ

連日テレビや新聞で新型コロナウイルスに関することが報道されています。
確かに世界中に拡大する感染は今までに経験されたことの無いほどの事件で、
誰が被害にあっても不思議でない脅威といえます。
まさにこのピンチを如何に乗り越えるかは、
オーヴァーに言えば人類の叡智が試されていると言っていいでしょう。

自国の利益のみを考えることに対する戒めなのです。
こうしたピンチを乗り越え世界中が仲良くなれたらいいな
と思うのは私だけではないと思います。
「災い転じて福となる」が実現することを信じたいですね。
「冬来たりなば春遠からじ」と言う言葉もあります。
希望を抱いて毎日を過ごしたいものです。

押入れを整理していたら、1枚のLPが出てきました。
「青春の落書き」という若い女性デュオのもの。
「私はウエイトレス」「チキチキに乗って」などが入っている
「ピコ」のレコードでした。
「ピコ」と言ってご存知の方がいらっしゃるかどうか分かりませんが、
彼女らはデビュー間もない頃、私がやっていた「アンクル」という事務所のタレントでした。
私の力足らずでほとんど力になれなかったことを大変申し訳なく思っています。
今では何処でどうされているかも分からないのですが、作詞・作曲もする有能な二人でした。

当時まだ新進のシガー・ソングライター松山千春さんが
彼女たちに曲を提供していたほどだったのです。
私は改めてこのアルバムを聴いて今でもその才能は素晴らしかったと思っています。
そしてアーチストが売れるかどうかが紙一重であることに愕然とするのです。
ピコのお二人、力足らずだった私を許して下さい。
今頃お二人はどうしているのかな?
消息をご存知の方がいらしたらぜひ教えて下さい。

(音楽・演劇プロデューサー   橘市郎)

「自国第1主義」を叫ぶ大統領がいる一方、
世界全体がウイルスの感染拡大に慄いています。
世の中が便利になって地球が小さく感じられるようになり、
今までだったら「対岸の火事」のように眺めていた事が
自らに影響してきたと言っていいでしょう。
そう、もはや世界全体のことを考えないといけない時代に入ったのです。
各国が自分の国さえ良ければいいと思っていると、
火の粉が自分の国にも降ってくるのです。
賢明で、良心ある若い人たちの中にはこうした事態を危惧している人もいます。
「災い転じて福となる」という諺があるように、
ウイルスの拡大を防ごうとすることで
世界が協力し合うようになるといいですね。

未だに自国のことばかり考えている指導者から、
世界全体のことを思う救世者が出て来て欲しいものです。
でもそういう人の出現を待望する自分の無力さを考えると、
「言うだけなら誰にでもいえるよ」と罵られそうです。
偉そうな事は言いませんが
「いろいろなことが地球全体に影響を及ぼす時代になった」
ことは確かなようです。
「井の中の蛙」にならないよう、
視野を広くしたいと今更のように思います。

                    *


2月9日の大相撲トーナメント大会で、白鵬と炎鵬の対戦が実現しました。
本場所ではないとは言うものの館内は大いに沸いたようです。
結果は横綱が甘くみたのか炎鵬の見事な下手投げに横転しました。
多分に観客を喜ばそうとする演出にも見えるほどきれいに決まったのです。
でも私はこんなに鮮やかな投げは久しぶりに見たような気が致します。
炎鵬は身体も一回り大きくなったし、
春場所も予想以上に活躍してくれることでしょう。
体の小さい力士が大きな力士を下す魅力は格別ですね。
1戦1戦が楽しみな春場所ももう直ぐです。
(音楽・演劇プロデューサー   橘市郎)

2月2日に春秋座で高校演劇を見てきました。
この企画は春秋座がオープンした2000年からずっと続いている企画で、
私の思い入れが強いものの一つです。
大学としては利益を度外視した企画とはいえ、
毎年負担をかけ申し訳なく思っていました。

第1回は1階の客席も半分くらいしか埋まらず寂しいものでした。
少しづつ内容も充実し、その知名度も増してきたとはいえ
2階席までお客様が入ることは無かったのです。
ところが今年は2階席もほぼ完売と言う情報が入ってきました。
確かに今年は、常連の大谷高等学校が優秀賞、
地元京都の洛星高等学校が最優秀賞に選ばれたということもあったでしょう。
アニメブームに乗ってチラシのデザインを学生から公募したこともあったでしょう。
しかし、根本的にはスタッフが若返ったことが大きかったと思います。
おじさんが頭で考えたことを実感として取り組んでくれた結果なのです。

客席の熱気は大変なもので、私は夢を見ているようでした。
舞台も春秋座の舞台機構を存分に使い充実していましたが、
私は今ひとつ若い人たちが笑っている内容について行けず、 挫折感を味わっていました。
でもこれは世代間のギャップで仕方の無いことと思いました。
これからは若い人たちが「演じる高校生」を大いに盛り上げていって欲しいものです。



2月3日は節分。今年もあちこちで「福は内!鬼は外!」の声が聞こえてきます。
我が家でも長い間この習慣を何も考えずに実行していました。
しかし今年になって、これはどこかトランプさんの
「自国第1」を叫ぶ掛け声に似ていると思うようになりました。
「我らが幸せなら他はどうでもいい」と言っているように思えたのです。
もちろん、そんなことは無いでしょうが、
人は誰も幸せと不幸の両方に出会うものです。
そのどちらに出会ってもめげずにそれを乗り越えていくように
前向きに努力していくことが必要なのです。

パラリンピックの選手達が前向きに人生を見つめて
挑戦されていることに 感動を覚えない人はいないでしょう。
幸福も不幸もともに訪れておかしくない現実に
一生懸命対応していくことこそ大切なような気が致します。

 「富める人も、貧しい人も
お互いに尊敬しあう世の中になって 争うことがなくなるといいな」

と思う反面、そうなったら優勝も昇進も無くなってしまうぞ!
と慌てふためく自分。
結局人間って我欲が強い生き物なんですね。
誰も美味しいものを食べ、美しいものを着て、快適な家に住みたいのですから。
適当に。程ほどに。中庸に。平凡にと思うなんて、私も年を取ったものですねえ!!

(音楽・演劇プロデューサー   橘市郎)

大相撲初場所は混戦の優勝争いを制して幕尻の徳勝龍が優勝しました。
直接対決で大関貴景勝、準優勝の正代、好調の豊山、輝を連破したのですから
決してフロックではなく堂々とした優勝と言えます。
恩師の急死に報いようとした状況も後押ししたのでしょう。

それにしても両横綱の休場やベテラン役力士の不調は残念でした。
世代交代がやって来たとはいえ、
これから先が読めない世相と似ているようですね。
それにしても炎鵬をはじめとする小兵力士の活躍は
相撲を面白いものにしてくれています。
体力だけではなく、技能や工夫で
力が発揮できることを示してくれた功績は偉大です。
人間誰しも個性を生かせば、それなりの力を示すことが出来る
と言うメッセージはいろいろな立場の人に勇気を与えました。
「たかが相撲、されど相撲」
と言いたくなる様な取り組みがいくつかあったのは痛快でした。
この3月、大阪で行われる春場所にはぜひ出かけたいと思います。
スポーツの効用は人間に活力を与えてくれることなんでしょうね。


毎年年賀状をいただいている、
かつての日産ミスフェアレデイーのWさんからお便りをいただきました。
Wさんは私が東京でアンクルという会社をやっていた時
お手伝いただいていましたが、
今は結婚されて幸せなご家庭を持っておられます。
その方が今年59歳を迎えられたとの事。
自分が80歳になろうとしているのですから当たり前なのにびっくりするのは、
長い間お目にかかっていないので
当時の面影がそのまま残っているから何でしょうね。
彼女も時々同期の仲間と会って昔話に花を咲かせているそうですが、
その時は22歳に戻っているとの事。懐かしいなあ!!
人間はお互いに苦労をともにした仲間と時々会って、
過去をふり返るのも大切ですね。
自分が生きてきた証を確かめるためにも。
私もWさん達とまたお目にかかりたいものです。

(音楽・演劇プロデューサー   橘市郎)

 

1月18日、山口県から訪れてくれた
松浦茂さんと一緒に京都競馬場に行って来ました。
キタサンブラックが春の天皇賞で優勝した日以来ですから
久しぶりの呉越同舟です。
私は遠足に行く子供のようにはしゃいでいたようです。
競馬場に着いたのは開門直後でほとんど観客がいない状態でした。
改めて広い開放的な空間の中で呼吸している幸せな自分を実感していました。
モヤで正面の山並みは霞んでいましたが、
真上には青い空と白い雲が広がった絶好な競馬日和。
馬券はどうでもいい気分で幸せ一杯でした。
毎レース単複500円ずつ買って楽しむファンは
競馬会にとってはどうなんだろう?
などと余計な心配をしたのも初めての体験でした。

松浦さんも決して大金をつぎ込むギャンブラーではなく、
レースを楽しみ、馬を応援する人なので、何時も清々しいのが素敵でした。
でも、さすがに元気で毎レースパドックに行き、
指定席を取っていてもゴール近くの席で観戦する
バイタリティーはさすがでした。
私は彼の思うような動きに付いて行くのが
リハビリにもなると思って懸命でしたが、
速度を加減したり、
先にたってドアの開け閉めをしてくれたりする気使いに感心しきりでした。
投票券購入と払い戻しが同じ機械で出来るシステムや、
お金や投票券を入れる口が良く分からない新型の機械に
何度となく手こずっている私を助けてくれた松浦さん。
ありがとうございました。

あっという間に最終レースを迎えた時、
私はほとんど現金が減っていないのに気がつきました。
もちろん財布が膨らむなんてこともありませんが、
食事をし、これからお茶をするには十分です。
松浦さんも最終レースを当てて少しプラスされたようでした。
こんなに楽しませていただいてトントンで終われるなんて!
余りに楽しかったので、
私は自分が闘病生活をしていることをすっかり忘れていました。

淀駅で反対方向に向かう二人は別れることにしましたが、
今度は3月に大相撲を観戦することになっています。
元気を付けてくれる松浦さんに感謝です。
私を励ましてくれる方が
他にも沢山いらっしゃるのを感謝するとともに、
一生懸命生きていかなければいけないと改めて思いました。

娘たちに教えてもらって気が付きましたが
何と松浦さんが我が家に泊まってくれた日は
私たち夫婦の結婚記念日でもあったのです。
生きていて良かったそう実感した2日間でした。

(音楽・演劇プロデューサー   橘市郎)

 

 

 

 

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